第19話 推参

ルースもグロリアもミストリが喋るとは思わなかったのだろう、驚いて彼の方を見ている。


「その、ブラウン――――、あっいや、アズサとは出会ってまだ数日ですが、一緒に行動している限り、怪しい素振りはありませんでした。それに昨日は自分よりも先にベッドで寝るような奴です。少なくともスパイなんて大そうなことが出来る奴だとは思えません」


ミストリは一息に言うと、まるで反論を警戒するように真剣な目つきでグロリアとルースを見た。


その態度を見たルースが、手に持っていたタバコを吸い込み、ふーー、とわざとらしく煙をミストリに吹きかけると、道端に落ちていた面白いものを拾ったかのように、ニンマリと笑った。


それに呼応するかのように吹きかけられた煙でミストリが咳き込む。


「ありゃー、お前さん中々勇気があるじゃんね。そこはカッコいいぞ少年」


そう言ってミストリの顔を覗き込む。

身長はミストリの方が多少高い。少しの差ではあるが、自然とルースが下から覗き込むような形でミストリのことを見る。


「でも、少年が今言ったことは、アッちゃんがスパイでないことを証明してないよ。出会ったばかりの新兵の言葉を信じろなんて、ちょっと虫が良すぎるかな」


「ですが、彼女がこの戦場に配属されたのは前線の丘が奪取された当日のことです。もしもスパイであればその時に何らかの行動を起こしていたのではないでしょうか」


ミストリはまるで黙ったら負けだとでも言うように食い下がる。


「それにスパイであれば、戦場に女性を潜入させるなどするでしょうか。確かにこの数日、ブラウン―――アズサは我々E小隊を欺いてきましたが、時間が経つごとに女性だとバレるリスクは上昇します。わざわざそんな危険を冒してまで彼女を送り込む理由がありません。確かに今回戦場に身分を偽って来たことは問題ですが、それは愛国心ゆえでもあると思うのです。ですので、どうか懲罰を与えるようなことは許してやって下さい。どうかこの通りです」


言いたいことを一通り言ってしまったのだろう。ミストリは両足の踵をつけて、真っ直ぐ前を向いて敬礼した。


こんな前線の軍隊で上官に意見するのは、求められていない時には危険な行為だ。

だがそんなリスクを負ってでもミストリはアズサの為に意見した。

テントの中が一瞬静まり返る。


そんな中ルースは先程以上にニヤニヤと笑いを堪えながらミストリを見ている。


グロリアは、困ったわね、とでも言うようにほっぺたに手のひらをかざして、アズサを見てそれからミストリを見た。


先に言葉を発したのはルースだった。―――――だが言葉の最初の一文字を発したところで、グロリアが覆い被さるように話し始めた。


「まあ、ミストリ二等兵の言うことも分かるわ。―――――けど、規則は規則ですから、一度憲兵隊で取り調べはしなければなりません。私たちはこれでも軍隊ですからね。それに――――」


「その必要は無い―――」


アズサは急に後ろから声をかけられ、驚いて後ろを振り返った。


テントの入り口には、2人の女性が立っていて、1人は先日の射撃テストで試験官を務めていた、イゾルダだった。


先日と同様に黒い軍服を着ていて、右手には教鞭を持っている。

その教鞭の先を左手の掌に打ち付けながら、ペシペシと小さい音を奏でている。


身長の低い彼女の斜め後ろには、165cm程の白い軍服を着た女性が立っていて、イゾルダの二、三歩後ろで地面に金の鞘に入った剣を突き立てて待機している。


「すまんな、少し遅れた。レーカ様のご到着だ」


アズサとミストリがテントの入り口の脇に避けて道を開ける。


「ヒトマルサンマル、W部隊到着した」


そう言って2人はテントの中に入っていった。

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