第18話 発覚!!
隣に立っているミストリは呆然としてこちらを見ている。
今現在、起こっていることが一体何なのか、理解出来ていないとでも言うように、視線だけがこちらの胸を見ていて、―――――――そして口が空いている。
「あー、C?、Bの大きさではないと思うけど、正確な数値は割り出せませぬな~」
そんなこととはお構いなしにルースはアズサの胸を揉んでいく。
見かねたのか、グロリアがそろそろ止めてあげれば、と言って割って入ると、グロりんは真面目だな〜、と言ってルースは左手の動きを止めた。だがまだ手は胸に付いたままだ。
「本当は自分から言ってもらうのが1番良いんじゃないか、と思ったのだけれど。ごめんなさいね」
そう言うとグロリアはルースの左手を、ていっ、と言ってチョップで果たき落とした。
ルースは、痛っ、とつぶやき唇を尖らせて、惜しむように手を引いた。
「それで、ルースは直接的にやってしまったのだけれど、彼女の言いたいことは分かるわよね」
グロリアはおでこに指をつけて、まるで垂れてしまいそうになる首を支えるようにして、困ったように笑いながら問いてくる。
そして、―――――あんたは反省、と言ってルースのおでこにデコピンを見舞った。
ルースが、あいたっ、と言っておでこを抑えてうずくまる。
「それで、貴方、――――――女性?」
グロリアはこちらに目線をやると、やんわりと聞いてくる。彼女の言葉が普通の人間と比べて余裕を持ったような、ゆっくりなスピードで声を発するからであろうか、やたらと色気のようなものが混じっている気がする。
アズサはまるで自身の前身の毛穴から汗が吹き出してくるのを感じた。
そして頭から足に向かって全身の血が降りていくような、急激な温度の変化が全身を襲う。
頭の先端の血管に細かい氷を流し込んだかのように上から順番に冷えていき、それに伴って体の先端部分が酷く冷えてしまったかのように感じる。
「あ、え、、、と、。その、あ、あの、、、」
誰かがくすくすと笑った。
音だけがこの場で生きていて、悪意を持ってアズサの周りを周回しているかのようだった。
目の前のことにパニックになっていて思考は上手く働かないのに、周囲の小さなざわめきはやたらと敏感に聞こえる。
すると、ばーーーーーン、と誰かが大きな声で言ったかと思うと、それに付随するようにどこからか、戦場でその調子だと死んでるね、と言うのが聞こえる。
アズサは、どうしても声を出すことが出来なかった。
女性であることがバレたらどうなるのだろう。最悪な事態は、スパイなど覚えのない嫌疑を掛けられてしまうことだ。
スパイとして認定されればどうなるかは具体的には分からないが、まず戦争中に家に帰ることは出来ないだろう。
―――――それだけは分かる。
最悪の場合死刑だろうか。
だがこの状況で思考が進める場所はそこまでだった。
そこから先は自身の口から無意識に出てくる、あっ、とか、えっ、などのこの場の精一杯の息継ぎに思考が中断されて言く。
「秘密にしてるってことは、何かしらやましいことがあるってことかな〜」
ルースがにやにやしながらこちらを見てくる。その顔は女性から見ても可愛いのだが、今は何とも憎らしい顔に写った。
「とりあえず、―――――――尋~問、、、かな」
そう言うとルースはにっこりと笑った。
びりっとアズサの体に電流が流れるように小さい衝撃が走る。
「あ、あの。チ、違うんです!」
「なーにが違うのかな?」
ルースはお構いなしにアズサを追い詰めてくる。
デヴラが、ルース意地悪それダメ、と声を掛ける。
はいはい、と言ってルースはいじけたようにニヤけるのをやめた。
アズサは覚悟を決めた。何某かの嫌疑を掛けられる前に本当のことを言おうと。
「そ、、その、私は確かに女性です、家が、家族を助けたくて、戦場に来ました」
「どうして?、女性であればこんな危険な場所でなくてもいくらでも働き口はあったでしょうに」
グロリアの声は落ち着いている。年は自身とそこまで変わらないはずなのに、急に田舎の母のことを思い出す。
「それに貴方は技能兵でしょ、戦場でなくても良さそうだけど」
「いえ、あれは基本的に名誉職のような扱いなので、、。貴族の方々は逆にお金でその地位を買っているとも聞いています。それに、わ、私はエースの、、皆さんの部隊に、入りたかったんです」
そう言って胸ポケットに入れていた、四角折りの新聞記事の切り抜きをグロリアに差し出した。グロリアはそれを受け取ると、小さいを記事を広げて中を見た、横からルースが覗き込む。
「ああー、こりゃWのエースのとこだね。あれ、イゾルダちゃんが写ってないじゃん」
ルースがそれを見ながら指先で左から順に人物を追っていく。
「イゾルダは配属がつい最近でしたからね、でも、ロスエルダスの出身者で構成されているから部隊が編成された当初の記事でしょうね、切り抜きだから日付は分からないけど」
グロリアは小さくをため息を付いた。
「相変わらずレーカのボスは凛々しいね。何でも都市部じゃ戦場の女神って言われてるらしいよ」
まあ、彼女の主な役目はそっちですからね、と言ってグロリアは新聞記事を元あったように綺麗に畳むとアズサに返した。
そして、貴方の本名は何?と聞いた。
「―――――アズサ・エンリケスです。ブラウンは亡くなった親戚の名前です。出征するときの戸籍も村の村長さんにお願いして用意してもらいました」
正直に白状する。だが、今言ったこと以外で白状することはこれ以上ない。
そう思うと変だが少し気が楽になった。
テントの中をそれとなく見回す。
これが大事なのか、それとも大したことではないのかの判別がアズサには今は分からない。
中央にいるグレンと呼ばれていた中尉を見る。体の向きはこちらを向いているが、目を瞑って何事かを考えているように身動き一つしない。
グロリアとルース以外の女性兵士も何も言わず、1人に至っては自身と関係ないとでも言うように、黙々と机に向かって事務仕事であろうか、何事かを書類にしたためている。
そして時折、バン、とハンコを押す音が響いた。
「でもさー、いいじゃん。私たちにもようやくファンが付いてきたってことでしょ。それにアッちゃんのそのガッツ、私は嫌いじゃないけどね」
ルースが胸ポケットからタバコを取り出すと、徐に火をつけてゆっくりと吸い込み、一息吐く。
白い煙がアズサとミストリの横を通り過ぎて、テントの入り口から外に出ていく。
アッちゃんとは自分のことだろうか、とアズサは問いかけたかったが、今は簡単に言葉を発せる雰囲気ではない。
「でも、その新聞記事に憧れたってことは『W』の部隊志望ってことでしょ。うちらは『K』の部隊だからね〜」
タバコの煙だけがその場でゆらゆらと生きているように揺れる。
ルースがそう言うと、グロリアが、デヴラはどう思う、と後ろを振り向き問いかけた。
デヴラは首を縦に振って、ルースと同じ、それに女が戦場に出て家族の為に戦おうなんて、少し泣ける、と小さい声で言った。
それからグロリアは、グレン中尉いかがでしょう、と後ろの円卓付近に話を振った。
グレンは閉じていた目を薄めで開けると、ゆっくりとこちらを見た。
その目線はまるで、世界の全てが水彩画のようにぼやけてしまって、物体の輪郭を必死になって掴もうとするようだった。
どこに焦点を合わせてこちらを見れば良いか分からないとでも言うように視線が非常に細かく彷徨っている。
こちらを目を凝らしながらジッと見つめた後に、みんなの好きなように、と短く答えまた円卓上の地図に視線を戻した。
「ありゃりゃ、隊長の寛大とも取れる結論を頂きはしましたが、どうするのが得策でしょうね〜、副隊長?」
ルースがグロリアの肩を叩きながら問いかける。
グロリアは、そうねぇスパイでは無さそうだし、取り敢えず憲兵に委ねるって感じかしらね、と提案すると、ルースは茶化すように、優等生ってやつですね姉さん、と答える。
「あ、ああの、自分が言うのも何ですが、こいつは、そんな奴じゃないです」
アズサの隣から声がした。
驚いて隣を見ると今まで黙っていたミストリが必死に胸を張りながら、この場にいる誰にも聞こえるように言葉を発していた。
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