第16話 出勤
「おい、起きろ、ブラウン」
誰かが声をかけてくる。
「だから――――――起きろっての、早く―――――」
体が左右に揺さぶられる。
声はどこかから聞こえてくるのだが、視界はまだ薄ぼんやりとしている。
昔どこかで見た水彩画という絵のようだと思った。
様々な色が滲んではお互いの境界線を侵食して、中間層は汚いグレーになっていく。
そのグレーが視界一杯に広がったかと思うと、体が自然と大きく息を吸い、それが肺に溜まると同時に目の前にミストリが現れた。
「おい、こっちの方が後から寝たのに、先に寝たお前より早く起きるってのはどういうことなんだ」
ミストリは既に着替えている。
昨日はなかった黒い軍帽を被っていて、小さな赤色の丸い帽章が付いている。
目を擦って、周囲を見渡す。
昨日はベッドに倒れ込んだまでは覚えていたが、そのまま寝てしまったのだろう。
おはようと、声をかけようにも体がまだ起ききっておらず上手く声を出すことが出来ない。
「あんまり世話かけさせんなよ。つっても兵士になってまだ三日だからな、俺も言えた義理じゃないけど。制服も用意してくれてるみたいだぜ。お前が昨日寝た後に届けてくれたんだ。そこにある」
ミストリがベッドの脇に視線を移す。ブラウンも釣られてそちらの方を見ると、茶色い紙包がヒモに縛られて机の上に置いてあった。
「ヒトマルマルマルに集合だからな。トイレに行ってくるから戻ってくるまでに着替えとけよ。そうしたら一緒に昨日のテントまでいくぞ」
分かった、と眠た重たい声で返事をすると、ミストリはテントから出ていった。
出ていく時に入り口を塞いでいた布を開けた際、外の風景がチラリと見えたがまだ陽は上がっていなかった。
ベッドから起き上がり先程の茶色の包み紙を開ける。紐を解くと中からミストリが着ていたのと同様な軍服が出てきた。
さっきはあまりよく見なかったが、自分のものをマジマジと観察する。
全体が黒で統一されていて、都会の紳士が着ているスーツとやらに似ていた。
いや、あえていうならば村で唯一の郵便屋さんが着ている制服に近しい。
ただあちらは深い緑色が基調で至る所にポッケが付いていた。
それを考えると余計な要素のないこのスーツのような軍服はカッコ良いと言えるのではないだろうか。
襟や胸元には金属の装飾が付いているが、どれも鈍く光らない曇った金属でいて黒く塗られていることもあり、それ自体が目立つことはなく、シックというやつだろうか、素人目に見てもオシャレに映る。
袖を通し、どこか変なところはないかと体を組まなく見て何となく確認する。
するとミストリが戻ってきて、お、かっこいいじゃん、問題ないならそろそろいくぞと言って2人してテントを出た。
陽が上がってないこともあってまだ外は暗く寒い。だが昨日まで着ていた軍服と比べると幾分も暖かい。
ミストリの方を見ると、朝に強いのだろうか、顔は引き締まっていてある程度緊張しているのが見て取れる。
「昨日はあの後、どんなことを聞かれたの?」
2人して歩きながらミストリに聞いてみた。
「あ―――――、なんだ。俺はこの辺の炭鉱で小さい頃から働いてたんだ。ここらは金とか銀とかが出る鉱山でさ、トンネルなんかに潜って土を運んでたんだわ。至る所にそういったトンネルがあるんだけど、おそらくそれらを軍事的に利用したいってことなんじゃないかな。ここら辺で働いてた者なら知ってることだと思うんだけど、詳しく聞きたいって言われた」
風が後ろから強く吹いてくる。自然と足が前へ前へと進んでいく。
「廃坑になったところでは、気づいたら物凄く掘っていたっていう穴もあるからさ、それを利用したいのかもな」
「それか敵に利用される前に潰したいとかかな」
アズサは手をこすりながら答える。
「それもあるかもしれねえな。ただ、そう上手くいくもんかね。トンネルはそう一長一短に出来るもんじゃないぜ。まあエースがいるんだ、なんか考えがあんだろ」
2人で話していると自然と昨日の司令部の前まで来ていた。昨日と同じように2人の門番が入り口の前に立っていて、眼光鋭く周りを見渡していた。
だが門番は2人の姿を見るなり、彼らの方が先に敬礼をして、どうぞ、という言葉をかけてきた。
ミストリとお互いの顔を見合ったが、ひとまずこちらも敬礼をして朝1番大きな声で、はい、ありがとうございます!、と言ってからテントに入る。
テント内には昨日の見たおそらくエースの部隊あろう人物が数人いて、円卓の上に広がったここら辺の地形図を見ては、何事か話している。
ただ年配の男性将校はいなかったため、司令部の者はまだこの場には来ていないのだろうと思った。
そのため、このテント内は中央にいるグレン中尉を除いては女性だけだった。
昨日自身が泊まったテントに案内してくれたデヴラも地形図を除いている一団に混じっていて、その向かい側にはグロリアが何事かを話している。
その横にはグレン中尉が真剣に耳を傾けていて、顎に右手を持っていってはうんうんと頷いている。
右手には昨日と同様に数人の女性兵士が各々に何かしらやっていたが、先日のイゾルダの姿は見えなかった。
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