第15話 白いシーツ

テントから外に出ると、デヴラと呼ばれた女性はアズサを気にする素振りもないまま1人テントから見て左方向に歩いていった。


―――――慌てて彼女の後についていく。


さっき軽くすれ違っただけであったが、おそらく自分と同じかまたは年下だろうと思った。

自身もまだ20歳には達していないが、あと数年すれば成人だ。


世間から見れば若い方だと思ったが、このエースだと言われている彼らは自分と同じぐらいか、それよりももう少し若いのかもしれない。

一体、今の戦場はどうなっているのか―――――。


デヴラは黒い髪を肩ぐらいの長さまで伸ばしていて、あのテントの中ではグロリアと同様に軍帽を被っていた。

そしてすれ違った時に印象だったのが、切長の目にグレーの瞳。

肩からはライフルを下げていて、彼女の身長と同じぐらいあるのではないだろうかというほどに銃身が長い。


夕陽に当たって黒い銃身が時折鈍く光った。


何も言わずに歩くデヴラに付いていくと、今度はまた別の黒いテントに辿り着いた。デヴラはテントの入り口から顔だけで中を一通り見ると、後ろに控えているアズサに向き直った。


「今日からここで寝泊まりしてもらう。必要なものは中に揃っている。他に特に用事は無いわ。明日はマルゴーマルマル起床。質問はある?」


矢継ぎ早に声をかけられて少し混乱したが、この場を切り抜けるのに必要な質問は思い浮かばなかった。


ミストリがここに来た理由は分かったが、何故私はここに来たのだろうか。

他に聞きたいことは山ほどあったが、ここに来る前のガスコインの、忠告を思い出して余計なことを聞くのをやめた。


「いえ、承伏しました」

敬礼をもって返す。


デヴラはその様子を見ると、アズサの顔じっと覗き込み、それからアズサのおでこに視線を移して、そしてもう一度アズサの顔を見ると、後はよろしく、とだけ言って元いた司令部のテントの方に戻っていった。


デヴラがいなくなり、テントに入って見るとその内装の豪華さに驚いた。

ベッドは二段ベッドでスプリングが効いていて、シーツは白く清潔な綺麗なものだった。


テント内には簡易的な水道施設があり、おそらくどこかに貯水槽のようなものがあるのだろうか、蛇口を捻ると止めどなく水が出た。


上着をベッドの横にあった椅子に立て替け、思い切ってベッドに飛び込む。


ギシギシ、と大きな音を立ててスプリングが軋むがそれが気持ち良い。

白いシーツは初日に寝たテントの寝具と一緒で綺麗でまるで新品のようだった。


ころん、とベッドの上で体を一回転させる。


今度は反対側にころん、と一回転。


「な、なんて、き、気持ち良いの、、、」


たまらずシーツに鼻を押し付け、匂いを嗅ぐ。

そういえば戦場に向かう電車に乗ってから、誰の目もない場所に1人でいるのは初めてだった。


バタバタと足を二、三度ベッド上でばたつかせる。

柔らかいスプリングの反動とシーツのパリッと貼られた感覚が気持ち良い。


それから、塹壕を掘っているであろう08小隊の他のメンバーのことを思った。


皆今頃あの場所でスコップと格闘しているのだろうか。重く黒い土はここにはなく、ただ静寂と無為な時間だけが横たわっていた。


自分だけここにいて良いのだろうかと考えた。

いや、ミストリも一緒なのだから彼もそういう意味では同罪なのだ。


ただミストリがこの場所に呼ばれるのはよく分かる。彼はこの戦場付近の村の出身で、地理的にも詳しいのだろう。


自分は何のためだろう。そこは考えてもイマイチよく分からない。

アズサは思考を凝らして考えて見たものの、ピッタリとハマりそうな考えが浮かんでくることはなかった。


―――――目を閉じる。


瞼の奥には先日出てきた故郷と母、そして幼い妹たちの顔が浮かんだ。

深く考えれば考えるほど、酷く恋しさがこみ上げる。

砲弾など飛び交うこともなく、のどかでゆっくりと時間の流れるあの場所に帰りたいと思う。

しばらくその態勢でいたせいだろうか、アズサは自身でも気づかないうちに眠りに付いてしまっていた。

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