第10話 イゾルダ・スーホヴァ

「私の紹介がまだだったな、私はイゾルダ・スーホヴァ。階級は曹長だ。だが軍トップの大元帥直轄部隊であるゆえ、貴様らとは命令指揮系統が違う。今はそれだけ分かっていれば良い」


イゾルダと言った少女は左手を自身の胸の高さまで持ってくると、50cm程の教鞭を真っ直ぐ構えて手を上げた者ども前に出ろ、と言った。

それから順に名前を言っていけと命じ、お前からだと言ってジュールを指した。


「ジュール・ルクルト伍長。貴族出身でデアランがある」


ルクルトの自己紹介は簡潔だった。そしてまだ軍隊に来てから日が浅いのが、イゾルダにも伝わったのだろう。

一瞬ミストリと同じように膝を打ち付けようと教鞭を構えたが、何を思ったのかゆっくりと手を下ろした。

それで貴様は、と言いアズサを指さした。


「ブラウン・エンリケス二等兵です。よろしくお願いします」


アズサはひとまず敬礼をして反応を見る。膝を打ち付けられる心配はなさそうだった。


「ふむ、、、貴様そのワッペンからすると特殊技能兵か。なぜ戦場に出てきた」


「はっ!あ、その、志願しました」


「―――――志願?なぜだ」

「その、―――――自身の能力を活かすには、この場所が最も適していると思ったからです」


イゾルダはアズサの爪先から頭の天辺までゆっくり視線を送ると、お前、と1人呟き、それから、そうか、と言って何かを考えるように顎に手を持ってくると、数秒何かを考えるように沈黙した。


それから列の端にいた者を指差し、おい貴様ここから30m先に腰ぐらいの高さの机を用意して、そこに空き缶4つ程並べて置いてこい、と命じた。


列の端にいた古参の兵は、はっ、と言う掛け声と共に走って机と空き缶を捜索に出た。


「これから貴様ら2人にはテストをする。志願する者が複数いることはありがたいことだが、必要なのは1人きりだ。なのでどちらかには諦めてもらうことになる」


ジュールが慌てるように一歩前に出る。


「ですが、私は貴族であります。この隣にいる平民とは違い、デアランがあります」


ジュールが口を開く。そして止まらない。


「それをお見せ出来ればこのジュールが必要だと言うことが、お分かりになると思います!」


イゾルダはジュールを無言で見る。教鞭を二、三度左右に揺らす。


「だめだ。今我々が必要としているのは兵士として単純な技能そのものだ。そのスキルに付随するものでなければ今回は意味がない」

イゾルダの返答は間を置かずにすぐに返ってきた。


「ああ、だがものによっては活用出来るものであるかもしれないな。貴様の能力は遠方から対象に対して影響を与えられるものか?」


ジュールは首を左右に振り、そう言ったものでは――――、と言い淀む。


ちなみにな、と言ってイゾルダは自身の腰のホルスターから彼女の手より幾分大きいリボルバー型の拳銃を取り出した。


そして、今回はこれだ、と言って拳銃を正面に構え、先端を軽く上に振り、それに同調するようにパンっ、と言って撃つ真似をした。

くるくると銃を回転させてまた元のホルスターに戻す。

イゾルダは得意げ胸を張ると、フンっと笑った。


アズサは思わずニヤけてしまいそうになる顔を、思いっきり押し殺して、はっ了解であります、と言って敬礼した。

目の前で威厳を示している曹長は、仕草は普通の女の子なのだなと思った。


すると準備が完了したのだろうか、30m程先では机の上に空き缶が並べられ、準備した兵士が横で手を振っている。


「よし、今回は射撃の腕前を見せてもらう。順番にあの空き缶を狙って撃て。成功率の高い者の方を採用する。そして対象に命中させるためならばデアランの使用も許可する。デアランも個人の能力に違いないからな」


そう言うとジュールの方を見た。だが若干ジュールは慌てているようだった。


「待って下さい。私のデアランはそういった類のものではないのです」

ジュールは手を胸に当てて訴える。


「それに私は貴族だ。貴族だぞ!なぜ平民と比べられなければならない。先ほどもそこの平民が私のことを殴ったがそんなことはあり得ないのだ。後で軍法会議ものにしてくれる!」


ガスコイン軍曹は眉を顰めたが、表情の大部分が変わることはなかった。ただ何事もなかったようにイゾルダとジュールのやり取りを見ている。

その様子にイゾルダが口を出した。


「ふむ、我儘なやつだな。同じことを言うが、今回の任務は単純に射撃が上手い奴が必要なんだ。ただそれだけだ」

イゾルダはやれやれといった様子で帽子のつばを掴むと軍帽を目深に被った。


「それに、貴族の遊びには高貴にもキツネ狩りなどがあるそうではないか。貴族様なら普段から射撃に触れているだろう。得意なのではないか?」


そう言われてジュールはぐっと息を飲む。それから自身の軍服の襟を正すと、分かった、分かったよ曹長様、見せてやればいいんだろう、と言ってアズサの方に近づき正面に向かい合った。


「お前、平民のくせに、生意気だぞ。見せてやるよ僕の――――」

そう言って右手を出してアズサの肩に触れようと手を伸ばした。


その瞬間、イゾルダの教鞭が二人の間を割って入るように通り過ぎ、アズサとジュールはお互いに半歩後ろに下がった。


「おい、貴様。志願したことに敬意を表して多めに見ていたが、あまり私に我慢させるな。私は射撃の腕を見せろと言ったんだ。デアランを見せろとは言っていない―――」


黒い軍服の少女の声は静かだった。いや正確には抑揚が極端になくなっていた。まるで井戸の中に槍を一本正確に真下に落とし、綺麗に井戸の底に刺さったようなそんな冷たい感じだった。


「分かったら、そこに立っている兵士から銃を受け取って、素直に競い合え。同じことをもう一度私に言わせるなよ。今度は先程のような撃つ真似ではなく本当に貴様を撃つぞ」


アズサはイゾルダの目を見ることが出来なかった。少女の目が自分以外の全てのものを委縮させているのがこの場の雰囲気だけで分かったからだ。


少女の姿を見てジュールは怯えた表情を見せた。しかしそれは怯えだけとはまた違う表情だった。だがそれが何なのかは直には思いつかなかった。


ジュールは悪態をつきながら、僕は射撃も上手いんだ。貴族だぞ。貴様らとは生まれが違うのだ。とぼつぼつと呟いている。


「ああ、そういえば、使う銃は自由に選んでいいぞ。ライフルでも機関銃でもいい。拳銃でもいいし、なんなら弓矢でも構わない。遠距離から仕留められるものなら何でもいいぞ」


ジュールは急ぎ足でその場を離れると近くの兵士から拳銃を奪い取るように受け取り、どこから撃てばいいんだ!と怒鳴るように聞いた。


ふむ、ではここからにしよう、と言ってイゾルダは自身の踵で後ろに後ずさりながら一本の線を地面に引いた。


「時間は10秒以内。あの缶を狙って4発のみ撃つこと。その間缶に弾を当てる為ならデアランの使用を許可する。以上だ」


イゾルダはジュールを見ると、その様子だと貴様からだな。


さっそく始めろ、おいそこに立っている貴様、時間をカウントしろ。


少女はどこから持ってきたのか、手には小さな旗をもっている。

旗には小さく、『レッツわっしょい』、と書いてあった。一体どこから持ってきたのか、ふと変なところに目がいってしまう。



―――――それでは、用意して――――――、イゾルダが旗を掲げる。



ジュールが銃を構えて、缶に狙いをつける。

アズサはジュールの構えが存外堂に入っているのに驚いた。

上官に意見を言うだけはあるのではないかと、そのスタンスを見ただけで分かった。


恐らく射撃を始めて昨日今日ではないのだろう。ある程度の時間を積み重ねているのだろうと思った。右手で銃を持ち、体の正面に構え左手で支える。


はじめ!―――と言って旗が小さくたなびいて、風を切る小さい音と共に地面に向かって振られる。


――――パン!―――


銃声が響くと同時に1番左に置かれていた缶が跳ね上がる。

ジュールの初弾は見事に缶を射抜いた。

続けて隣に並んでいる缶に狙いを定める。


――――パンパン!―――


立て続けに掃射する。

どれも缶を射抜き、金属の缶が半身ちぎれ抉り取られるように吹き飛んでいく。


だが最後の一発を撃つ際にそれまでなかった突風が辺り一面を襲った。


急な風に砂埃が舞ったかと思うと、その場にいる全員の視界を遮った。

ジュールも同様であったが瞬間目を細める。だがもう既に発砲体制に入っていたこともあり、止まることなく規定のアクションを稼働させた。


――――パン!―――


数秒後に砂埃が落ち着く。

その場にいる誰もが先にある缶に注目したが、缶は体制を変えただけで机の上にまだ存在した。


ジュールが、チッ、と舌打ちする。


イゾルダが、双眼鏡!と怒鳴る。

すると近くに居た兵士がするすると寄ってきてイゾルダに手渡した。双眼鏡で最後の一缶を見る。


「ふむ、あの状況で優秀だな。最後の一つにも命中はしている。右上の方が削り取られている」


双眼鏡から目を離すと、イゾルダはジュールを見て貴様の能力は分かった。さすが貴族様といったところだな、と言って持っていた旗を左右にパタパタと振った。


「時間は、5秒ほどか、あの精度だ、優秀だな」


ジュールは持っていた銃を元の兵士に返すと、次はお前の番だな、と言ってアズサの方を見た。


アズサは次第に身体の色々な部分が固くなっていくのを感じた。


それまで自分はこと射撃に関しては随分と上手な方だと思っていた。特に村の中では1番だったと言っても良いだろう。


だが一旦村の外に出てしまえば、自身が得意だと思っていた技術など自分以外にも出来る者がいるという事態に戸惑ったのだ。


そうだ、私は戦場に出てから一度も射撃をする機会がなかった。はたまた他人が射撃する場面にも出会ったことがない。

そう考えると自身の得意だと思ったことは本当は他人に誇れることではないのではないだろうか。


ゆっくりと指の先から血液が失われ、冷たくなってくるのを感じる。

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