第8話 E08小隊への伝令
―――――――08――小隊。
――――E―――08小隊。
塹壕を掘っているE08小隊に1人の少年兵が近づいていくる。
――――E08小隊のガスコイン軍曹に伝令です。至急司令部へお願い致します。
幼いなりに大袈裟な敬礼、おそらくまだ10歳程だろう。
ブラウンは自分が10歳の頃を想像して、まだその年頃には村でゆっくりとした時間を過ごしていたと思い複雑な気持ちになった。
最近では子供も何かしらの雑務を請け負うために戦場にいるという。
彼らは少ない金銭と引き換えに危険な戦場で働くのだ。自身の村が戦場となってしまっては、生計を立てるために戦場で働くしかない。
子供は扱いやすくかつ地元の村から徴兵すれば、それなりに数を揃えやすい。
そして死んでも、補償金などが安く済むのだという。
ガスコイン軍曹は持っていたスコップをその場に突き立てると、了解しました、すぐ様向かいます、と言って敬礼で答えた。
少年はその大人からの敬礼が嬉しいのだろう、満足そうに去っていき、ガスコインは皆後を頼む、と言って司令部に向かって行った。
「これは、よくない前兆だな」
古参の兵の誰かが言ったが、誰もそれに反応する者はいなかった。
アズサは2時間程度塹壕掘りに精を出したが、手がまるで鉛になってしまったかのようだった。
まだ深さは自身の腰程にしか達していなく、今まで通路として使用していた塹壕はどれほどの労力を持ってして作られたものだったのか、不思議となるくらいだった。
休憩を言い出すものはおらず、ブラウンを含め新兵は皆休みたがっているのが目に見えてはっきりしていたが、古参の兵たちは黙々と手だけを動かしている。
一度、ミストリが古参の兵に向けて探りを入れたつもりだったのだろう
「皆さん、体力ありますね。休まなくて大丈夫なんですか」と聞いたが、
一言、お前敵を目の前にして死にたいのか、という乾いた返答に窮して以後何も言わなくなってしまった。
威嚇目的だろう砲撃が数回あったが、こちらの陣地まで届くものではなく、皆届かなければ関係ないとでも言うように塹壕掘りは中断されることはなかった。
「おそらく、エースが敵陣地の砲塔を破壊したんだろうな。数日は大丈夫だろ」
と言ったのはスキンヘッドの古参兵クラッぺだった。
ああ、この大地は元は広い畑だったのさ。それがこんなになっちまってもったいねぇ。
彼は元は農夫だったらしく土を見てはあれが育てられる、この土にはあれが最適だといつもぼやいている。
農夫が強制的な土地の耕作から解放されたのはここ数十年の話だ。彼には宝の持ち腐れに見えるのだろう。
ジュールを見ると汗を全身に掻き、ものの数十分で動かなくなった腕を体と一緒に横たえて水筒から水を飲んでいた。
以前ガスコインが数回に渡って号令があるまでは、休憩するなと注意したが、私がやる仕事ではないのにやっていやっているのだ、と言って我儘を突き通していた。
アズサは軍隊とはこの様なものなのだろうか、と思った。
もっと厳しく、命令に背く者には容赦のない罵声が浴びせられると父から聞いていたこともあって、自身の想像と違う部分では拍子抜けしてしまった。
ただ古参兵曰く、戦場で本当に味方の害悪となると判断されると処分されるらしい。処分とはなんのことを言うのかは薄々感づいてはいたがそれから先を聞くのは憚られた。
あいつはまだ一応お貴族様だからな、厳しく接した時にどんなことになるか誰も分からないから、ああなっているだけさ。
一個前例が出来ちまえば一瞬だぜ、と言って古参兵のファルコは首元で喉をかき切る仕草をした。
しばらくするとガスコイン軍曹が戻ってきて、皆一旦あのテント付近に集まってくれと声をかけた。
テントは随分と先の方にポツンと見えていて、ここから見るに数十個が乱立しているようで、どこぞの御伽噺に出てきたオアシスの様にポツンとこの荒地の平野に存在している。その更に奥には市街地が見える。
スコップを持った手を休めて駆け足で軍曹の言ったところまで向かう。
ジュールは走ることはなく、ゆったりと1人歩いて向かう。ガスコインが見かねてジュール!と叫んだがそれを鼻で笑って、自身のペースでこちらに向かってきていた。
ガスコインが叱咤するためだろうか、ジュールの方に駆けていく。
彼の前に着くと、ガスコインは右手を一閃して、彼の顔面を殴った。
誰もが一瞬後ろを振り向いて2人の方を見たが、即座に視線を前に戻した。
視線の先では、1人の黒い軍服を着た少女が一本の教鞭を持って仁王立ちしていて、強烈な威圧感を放っていた。
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