第5話 出会い

「E08」と書かれたテントに到着して中に入るとベッドが5列程並び全部で30個程置いてあった。


入り口の前には椅子に座った30代程の兵士が、左から奥に向かって順に自分のベッドととしろ、と言って片手の手首を振りながら誘導する。そして今日はもうやることはないからゆっくり休め、明日からはおそらく前線に出される、と時折声を発していた。


言われた通りに、前に並んでいる人間に習うように後ろにつき、自身の番がきたときに目の前のベッドに荷物を置く。


リュックにぶら下げていた小さな金属製の鍋が揺れながらベッドのフレームにふれ、軽い平べったい音をお奏でる。鍋は意外と戦場では重宝するよ、と役場のおじさんが渡してくれたのだ。


ゆっくりと自身の周囲を見渡す。


この兵舎に私語が漏れる声はあまり聞こえない、皆疲れているのだろうと思った。交わしていても周囲のベッドに倒れ込みそうになるのを我慢しながら腰かけ、自身の荷物を解いていく。

あてがわれたベッドのシーツはまるで新品かのように綺麗だった。泊まったことはないが都会にある一流のホテルとはこうなのだろうかと考えるが、色彩のないこの兵舎がその想像を壊す。


「おい、お前さん、話せる口かい」


隣あったベッドの男から声をかけられる。


見ると、ベッドに堂々と寝転び荷物を解くこともせずにこちらに話しかけている。さっきまで新品だったベッドには早速土埃が薄いシミを作っていた。


「俺はミストリ。ミストリ・グラーデンだ」男は寝そべりながら手を差し伸べてくる。


その多少だらしない仕草と気さくさが自分の中の緊張を説いてくれた気がした。


「ブ、ブラウン・エンリケスだ」


咄嗟の反応にアズサは胸を撫で下ろした。習慣化された行動を上書きするのには意外と神経を使う。


手を握ると意外にも力強く握り返された。生命力とはさりげない場面での力強さにあるのだろうか、とふと考えた。男の手の皮は不自然に厚く、何らかの職人だったことが手に取る様に分かった。


「俺はオーリエの村の出身なんだ、まあ簡単に言うとここら辺の村だな。そちらさんは?」


「自分はライルストーンの出だよ」有名とは程遠い村名だがなんとなく名前だけでど

この地方かは見当がつく。上手く出来ているものだなとアズサは1人内心関心してしまった。


なるほどそうかいそうかい、とりあえず隣のベッドになったのも何かの縁だよろしくな。ミストリはそういうと、ベッドから起き上がり、周りの人間がそうしているように自身の荷物の整理を行ないだした。


「それでアズサ、この戦争についてどこまで知ってる。お偉いさんや新聞が言うことは勝ってるだの、順調だの、そんな良いことばっかりで悪い噂を知っているやつに会ったことがない」


「わた、いや、僕も大しては知らない」


ミストリはカバンの中から荷物をいくつかベッドの上に広げる。手袋やハンカチなどだがそれらを等間隔で白いシーツの上に置いていく。


「ただな、さっきも言った通り俺はここら辺の村の出身だからな、この拠点が半年はこの場所から動いていないことだけは分かってる。そんな場所に新兵を連れていくってことはだ」


ミストリは言いながら手袋を手に嵌めては指を握っては開くを繰り返す。


「つまり、ここがそれだけ激戦ってこと?」


少し声が上擦っただろうか、アズサは無意識に自身の喉を右の手で撫でた。どこからか隙間風だろうか、体が一瞬冷えていくのを感じる。


「かもしれないな」ミストリは先程自身の服の背中に貼り付けられたワッペンを触りながら答えた。ワッペンが問題なく縫い付けられていることを確認すると、満足そうにベッドの上に畳んで並べている。


「ん、ありゃ、お前さん特殊技能の方だったのか。もしかしてお貴族様かい」

ミストリに言われて自身のワッペンを見る。やはり黄色のストライプは目につく様だった。


「いや、僕は普通の家の出だ」


「そりゃそうか、貴族様がこんな前線に出てくることなんてないからな。でもってことは徴兵免除されても良いのに志願したってことか。まじか?」


そう言って笑いながらミストリは開いた荷物を自身のバックパックに詰め直していく。アズサはこの男の遠慮のなさに多少驚いたが、これが男子特有の話の流れなのか、と思い特にそれに対して何か言うことはしなかった。


「まあ、人それぞれ思うことは自由だからな。あんたにも何かあったんだろ」


沈黙になることを嫌ったのか、ミストリはそう言うとベッドの上をあらかた片付けると、ヨイショ、と声を出して大の字でベッドに横になった。


「ミストリはどうして志願したの?徴兵?」


「まあ、徴兵っていうのもあるけど、1番には金だな。今の軍事政権になってから随分兵士への払いが良くなってるって話だ。なんでも貴族様方が随分と絞られて、今までの圧政のツケを払わされてるらしい。それにこの戦争を兵士として生き抜けば、将来それなりには貰えるって噂だ」


これだよこれ、と言ってミストリは右手の人差し指と親指で輪っかを作って、それを空中で軽く上下させた。


なんでもミストリには養わなければならない家族がいるということだった。元々この付近の鉱山で一家揃って働いていたのだが、戦場がこの付近にも及んだことでこの半年ほどは働き口がなくなったということらしい。


父は生き甲斐だった鉱山での仕事を取り上げられ、同時に戦争に行くことを嫌がったため、家では酒ばかり飲んでいるらしい。


だから俺が親父の分も稼がなきゃならないのさ、と言ってミストリは笑った。

まあ、でも俺は鉱夫で終わるつもりはなかったからよ。この戦争で出世して将来は都で暮らしてんだ。暗い穴ぼこで埃まみれになるのは嫌だね、都会の花々しい場所で新聞記者にでもなりたいね。


そんな話をしていると、周囲の人間も話に混じってきてテントの中は途端に小さい学校の教室の様な姿になった。

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