第4話 戦場の景色

列車のスピードが落ちたかと思うと、ガクン、と大きく二、三度揺れ、完全に停車した。


しばらくすると、列車の扉が開き「貴様ら降りろ」という大きな声と共に士官の帽子を被った何人かが誘導するように手を振っている。


扉の近くにいるものから列車か降り、列になって目の前の駅のホームのような大きな平屋建ての建物の中に吸い込まれて行く。


アズサもそれに倣って列車から降りると、冷たい風と共に強烈な日差しが顔に張り付き、この2日間でこびりついた埃を殺菌してくれているかのように強烈なエネルギーが身体全体を包んだ。


到着した最前線と呼ばれた場所は、祖国のボルビアと隣国カムデン王国の国境で、戦争が始まる前は、一面にミクベリー畑が広がる一段生産地だったという。夏は暑く空気が乾燥していて、冬は気温はとても下がるのだが隣のロレーナ山脈で雪を吐き出し尽くしてしまうせいか、この今居る平地に降ることはあまりない。


一年を通して雨が降るのはほぼ雨季だけだが地下水は豊富で、かつ隣に聳える山脈の雪解け水が自然と川を潤し、水に困ることもない。ロレーナ山脈は鉱山としても栄えていたが、現在は戦争中ということもあり、活動は凍結されているということらしい。


周囲に目を凝らす。


焼け野原が幾重にも広がる目の前の光景。最早何の匂いがどこから出ているかも分からないごった煮の空気。


まとわりつく土に、何がしかの灰。風に乗って流れ服や頬に纏わりつく油と砂埃。


前方には幾重にも小さい丘が連なり、目線の先には一際は高い丘が聳える。だが高いと言っても山と呼べるものではなく、よくて幼い子供達のハイキングに使われる程度の高さだ。


頂上には一本の大きな旗がはためいて、まるであの部分だけが生きているかのように風にたなびいている。


ここ数日雨が降ったからであろうか、至る所に水溜りが出来ていてどれもが泥水のごとく濁っている。馬の死骸やネズミの死骸などが浮いていて、人の体の残骸らしきものもあったが、深くは考えないように努めた。


その目の前の光景に圧倒されている間も、後ろからはまるで工場で生産されているネジのごとく列車から人々が降りてい行き、「自身の名前の頭文字ごとに左から順に列に並んでいけ」という言葉の通りに機械的により分けられていく。


建物の入り口には看板が立っていてアルファベットでA〜Zまでが記載されている。


列に並び建物に入ると、中では数人の女性が兵士一人一人の背中に「A01」、「F04」などと書かれた拳ほどの大きさのワッペンを背中に縫っていった。


アズサの番になると、老齢の女性が何某かのリストを手にして名前と出身地をお願いしますと機械的に聞いてくる。


ブラウン・エンリケス、ライルストーン村出身です。と伝えると、女性はまあ、と1人つぶやいてちょっと待ってね、と言ってどこかに行ってしまった。


戻ってくると先程まで女性が他の兵士に縫い付けていたものとは違う黄色のストライプの入ったワッペンを手に持っていて、ブラウンさん志願ありがとうございます。国に尽くして頂くその忠義心痛み入ります。と一通りの褒め言葉を送られた。


アズサの背中にはE08と書かれたワッペンが縫われ、貴方はここを出たら左手に進んで「E08」と書かれたテントを目指してね、と声をかけられ建物を出た。建物を出ると深緑色のテントが幾重にも広がっていて、入り口の上部に先程のワッペンの記号が記入されていた。


建物の目の前のテントは「L08」と書かれていてこの様子からすると「E08」はだいぶ左手のようだった。


「E08」を目指しながら歩いていると、途中で白い十字マークのテントの前を通った。中からはうめき声と怒号が聞こえてきて、そこの横を通る人間は皆それとなく中を見る。中では負傷兵が応急処置を受けていて、皆手足が欠けていたり、または全身血だらけでその場の地面に蹲っている者も何人もいる。


数人の看護婦が所狭しとテントの中を歩き回り、次から次に運ばれてくる負傷者に対応していた。看護婦は皆紺色の長袖に薄いグレーのベストを羽織っている。


父が昔言っていた、戦場では女神は紺色なんだ、と。ただよくよく見ると彼女たちの服装は戦場に漂う砂埃と数多の血で汚れてしまったのか、袖口は擦り切れ、色は所々黒くシミになっている。


通りをすぎる新参者の兵士たちは皆呆然とした顔で彼らの横を通りすぎる。


怯えるもの、彼らの姿を見て戦意を向上させる者、ただただ現実感のない別の世界を垣間見たように呆けている者。


明日には誰もが彼らの中に混じり嗚咽を漏らしているかもしれないし、はたまた勲章をつけて故郷に凱旋しているかもしれない。


ただ誰も今はまだどちらとも言えない。

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