保護

 結論から言うと、僕は医療保護入院となった。

 世間と言うのは狭いもので、僕が運び込まれた芦屋クリニックの内科医・三枝さえぐさ先生と、清蓮会病院の松原先生は医大時代にて先輩後輩の間柄だった。

 僕が何度も食中毒を起こしている事を、この二人に察知されるのに、それほど時間は要らなかった。

 自殺の危険性が極めて高いとして、とうとう拘束の憂き目を見てしまったのだ。

 とは言え。

 依然、僕の記憶が戻らないとなると、自殺願望を決め付ける事も出来ない。

 多分、自殺とは違うと思うのだけどなぁ。

 また、自殺で無いとするならば、極めて特殊な異食症の可能性もあるらしいが……それにした所で、記憶を戻さないと対処のしようが無い。

 と言うわけで、清蓮会病院の精神科病棟に移された僕は、記憶想起法によるカウンセリングを受ける事となった。

 記憶喪失――言わば解離性健忘は、通常、虐待や戦争等のストレスから引き起こされる。毒貝で記憶を失った僕に、同じ手が有効なのかどうか。

「大丈夫です。肩の力を抜いて下さい」

 精神科での僕の担当医・高崎先生が、柔和な面持ちで言う。

 僕は、素直に従う。

 正直な所、記憶を取り戻す事が本当に良い事なのかは分からないままだが。

 鎮静剤の類であろう注射を、静脈にぶすり。しばらくすると、意識だけが浮ついて来た。

 高崎先生の声ははっきりと聴こえる。理解も出来る。

 ただ、自分が起きていると言う感覚が希薄だ。

 薬が効いて来た事を察したのだろう。高崎先生が、あれこれと僕に質問して来る。

 記憶の無い僕には、答えようが無い…………、……筈なのだが?

洲原さはら太陽さん。この五年以内であなたが楽しかった出来事を教えてください」

 この五年以内で、楽しかった、事。

 あれは、確か……カナダ北部……女性と一緒に……成山香莉奈なりやまかりな、さんと……。

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