レシピ2 山菜フルコース〈前編〉
朝、
これにて本日の仕事は終了。あとは、プライベートの時間だ。
さしあたっては、昼食にしたい所だが……。
「これもダメ、これも廃棄!」
成山さんが、僕の嗜好品を片っ端からゴミ袋に突っ込んでいらっしゃる。
「ああっ、これクサノオウじゃないの! 信じられない!」
「それは触るな手が爛れるぞ!」
クサノオウを鷲掴みにしようとした彼女を、間一髪で止めた。こいつは、アルカロイド系毒素の宝庫みたいな草だ。素人が迂闊に触ってはならない。
流石に焦った。心臓に悪い。だからうちに他人を上げたく無いんだ。
「全く、だったらどうして食べようなんて…………、……そこはもう突っこみません」
ほとほと呆れた顔で、彼女は勿体無い行為を続けて行く。
とにかく、食事時になる度にこれだ。せっかく採ってきた毒食材を問答無用で捨てられてしまう。
そして頼んでもいないのに、無毒の食材を使って三食用意して下さる。本当に、何の恨みがあると言うのか。
とにかく、こんな日々が続けば僕はストレスで死んでしまう。どうにかこの監視者を家から引き離して、毒グルメを食べなければならない。
「成山さん、仕事はいつ行く積もりだ。まさか、ニートではあるまい」
もしそうなら、彼女に僕を糾弾する資格は無い。
毒を食うような奴でも、税金を納めている奴の方が偉いに決まっている。
「……、……わけあって、休職中です」
分かりやすく目を逸らして、そんな事をこぼす。怪しいものだ。
ともあれ、僕から片時も目を離す気が無いのは、これで分かった。
こうなった以上、彼女の意表を突いて、毒グルメを口にするしか無い。
まあ、報酬を得る為の頭脳ゲームだと考えれば、まんざら退屈でも無いかも知れないな。
「とにかく
不幸な事に、彼女の料理の手並みは極めて洗練されていた。速やかに、一方的に、食卓が豪華山菜フルコースで埋め尽くされてゆく。
「さ、めしあがれ」
フキのきんぴら……シャキシャキ食感。セオリー通りの甘辛味。ご丁寧に、粗挽き胡椒で臭みを和らげてある。
笹の子とタラの芽天ぷら……タラの芽のマイルドな苦味、笹の子の甘み、それらが揚げたての衣に絡み合う。味変に抹茶塩を勧められた。
ふきのとう味噌……これは旨い!
雑味の無い、クリアな苦味。深緑の森を思わせる芳香。甘さ濃厚な讃岐白味噌に練り込まれたそれは、白米は元より、田楽も冷奴も、至高の馳走に変じてしまう! テンション上がって来た。
ワラビ、ぜんまい、ヒラタケ、人参の山菜釜飯……よく味の染みたご飯だ。テンション上がって来た。
こごみの味噌ピーナツマヨネーズ和え……すこぶるクリーミー。こごみの食感もシャキシャキだ。テンション上がって来た。
ウド汁。テンション上がって来た。テンション上がって来た。テンション上がって来た。
「洲原さん? 洲原さん!」
誰かが僕の肩を掴んで揺さぶってくる。
うるさい、いい気分なのに邪魔するな。突き飛ばしてやった。ぐにゃりとしたノイズの中、女のような悲鳴が響く。
「痛った……洲原さん、どうしたの!? なんで、こんな」
世界が回る。激しく回る。当然だ、地球は自転しているからだ! それがあまりにも愉快で、走り回らずには居られぬ。
テーブルや椅子を半ば蹴り倒しながら、部屋中を駆け巡る。そうしなければならない使命すら感じる。心の最奥から、脚が痛いな、という声が聴こえた気がした。
膀胱がだだっ開きになったようだ。素晴らしい開放感と安らぎを伴って、小便が滝のように流れてゆく。
陽光が宝石を散りばめたように舞い散る。なんて美しい光景だ。
「洲原さん、落ち着いて! き、救急車、救急車!」
うははは、もう、もう後戻り出来ないかも、これ。僕、このままあの世行きで、二度と帰って来れないのかなぁ!?
これだよ、このスリルだよ! 人生にはこれが必要なんだよ!
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