第5話
学校、侵入、というふたつの単語をスマートフォンに打ち込んで検索してみると、深夜に無断で小学校に侵入した大学生が逮捕された、というネットニュースの記事の見出しが先頭に表示された。何が言いたいのかというと、今まさに同じことをしようとしている僕たちも逮捕される可能性が十二分にあるということだ。
学校の正門は、当然といえば当然なのだろうが、僕の背丈ほどの高さの門扉によって閉じられていた。
傍にあるブロック塀に足をかければ乗り越えられなくもなさそうだったが「どこかに監視カメラとかあるのかなぁ」という思いついたような彩葉の一言で、僕たちは校舎の裏手にある、照明すら設置されていない通用門へと回る。
校庭へと直接繋がっているこちらの通用門も同じく閉じられてはいたものの、スマートフォンのライトを向けてみると、こちらには監視カメラらしきものは設置されていないようだった─というのは、僕の願望も含まれているが。
心中に生じている不安をそのまま体現するかのように僕がスマートフォンのライトを右往左往させていると、彩葉は背負っていたリュックサックをいつの間にか前に回していた。
「ごめん、これ持ってもらっていい?」
「え? ああ、うん」
僕にリュックを預けると、彼女は躊躇することなく通用門に足を掛け、そのまま身を乗り出すようにして乗り越える。そしてゆっくりと門戸の向こう側に降り立つと、ふう、と息をついてこちらを振り向く。声をかける暇もなかった。
「あ、監視カメラとかならこっちにはなさそうだから。正門の方にあるかどうかは分からなかったんだけどね」
「どうして知ってるの?」
僕が驚いていると、彩葉は不思議そうな顔をする。彼女のその表情を見た僕もまるで鏡写しのように、不思議そうな表情を浮かべていたと思う。
「いや、流石に最低限の確認くらいは事前にしてるよ。私だけならまだしも、一季も巻き込んでるんだからさ」
「最低限の確認」
彩葉の言うことを中途半端に復唱しながら背伸びをして、門の上からそっとリュックを彼女に渡す。
「下見とも言うね」
「それは─ありがとう。で、いいのかな。この場合」
「どうだろうね。あ、一季のも持とうか。その登山用みたいなやつ」
「大丈夫、自分で持つよ。持ってくるバッグを間違えたっていう自覚はあるから」
小声でそんなことを話しながら、僕も慎重に門戸を乗り越える。
こうして学校の敷地内に無断で侵入してしまった僕たちは、暗闇に紛れるようにして校庭の端を足早に歩く。校庭の砂と、履いている靴の底が擦れ、乾いた音が発せられる度に、少しずつ神経をすり減らされていくような気がした。
僕たちは今、間違いなく褒められないことをしている。具体的に言えば、法律に抵触する行為を。
けれど、この行動を反省することはあったとしても─彩葉のためであれば後悔することはないだろうと、僕はそう確信している。
もちろん、逮捕されないに越したことはないのだが。
光の当たることのない校庭を通り抜け、校舎の真裏に回ったところで、彩葉は「あ」と言って足を止めた。
「倉庫、新しくなってるんだ。前はもっとボロかったのに」
いつも日陰になっていて、昼間でもどこか湿った雰囲気のあった校舎の裏。正門からも、校舎の昇降口からも離れている、生徒がほとんど立ち入ることのないような場所。そこにひっそりと倉庫が建てられていたことは、僕も何となく記憶にあった。印象が強かったからだ。
僕たちが通っていた頃にここにあったのは、いつも木材と埃の臭いがこもっている、むしろ古い小屋と呼んだほうがふさわしいような倉庫だったはずだ。けれど今は、そのような小屋の面影を全く感じさせない大きなプレハブ造りの、コンテナのようにも見える無個性な倉庫が鎮座していた。
彩葉は辺りに目を配った後に、ゆっくりと倉庫の扉に手をかけた。そして、いっそう声を潜める。
「─開いてる。もしかすると学校側も明日タイムカプセルを開封することを把握してて、事前に鍵を開けてただけかもしれないけど」
「たかが一部の卒業生のためだけに、学校がそこまで寛大なことをしてくれるかな」
「元から鍵を閉めないようにしてるとか? どちらにしても、不用心だね」
彩葉が扉を開けて、何となく、僕が先に倉庫に足を踏み入れる。当然ながら、中は真っ暗で何も見えなかった。
倉庫内の電気を点けるわけにもいかなかったのでスマートフォンのライトを周囲に向けるが、流石に照らせる範囲が狭い。これで探すのには骨が折れそうだと思っていると、彩葉に背中をつつかれ「はい、一季の」と懐中電灯を手渡される。周到なことに、僕と彩葉の分のふたつを持ってきていたらしい。
右手にスマートフォン、左手に懐中電灯。そんな奇妙な装備で僕たちはタイムカプセルを探す。
「でも、倉庫が新しくなってるならタイムカプセルも別の場所に移しちゃってる可能性もあるのかぁ」
「もしここになかったら?」
「うーん、諦める。校舎にまで踏み込む勇気はないや」
倉庫に侵入するために要する勇気と、校舎へ侵入するために要する勇気にどのような差があるのかについて彩葉に聞こうかと思ったが、あまり喋りすぎてしまうと外に声が漏れてしまいそうだったので、抑えた。
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