チコと私とリターン

   チコとリターン 



 「ねぇ、チコ、いよいよ明日だよ。」

 「よかったね、彼どんな顔で帰って来るんだろうね。」


 明日、彼が仙台営業所から、帰って来る。

 その日、私は休みを取っていた。


 彼の本社への出勤は明後日だ、準備に忙しいだろうけど、少しは時間が出来ればいいなと思っていた。


 これからずっと一緒に暮らすのだから、別にいいんじゃないかとも思うかもしれないが、私にとっては、特別な日なのだ。


 朝が来た。私は急いで朝食を摂った。「そんなに慌てなくても、時間は十分間に合うよ。」「あっ、チコ、分かってるんだけど何か落ち着かなくて。」


 その後、着替えをし、メイクをして随分早めに駅に向かった。


 小一時間待っただろうか、彼を乗せた新幹線が、ホームに入って来た。

 私は、この期に及んで手鏡を出しメイクを直した。


 ドアが開き、彼が先頭で降りて来た。いち早く私を見つけた彼が、満面の笑みで「ただいま。」と言って手を振って近付いて来た。

 私もありったけの笑顔で「お帰り。」と返した。


 「どこにも寄らなくていい?」と聞くと「アルにも会いたいし、真っすぐ帰ろう。」

 「なんかアルにでさえヤケちゃうな、でもそうしよう。」私たちは、真っすぐ家に帰る事にした。


 家に着くと、私が荷物を持ち、彼に鍵を開けて貰って先に入るよう促した。

 彼は「じゃぁ」と言って、鍵を開け、「ただいま。」と言って家に入った。私も続いて「ただいま。」と言った。


 彼の荷物の片付けを手伝いながら、「出勤の準備は時間かかりそう?」と聞くと、

 「いや、大体済ませて来たから、昼まではかからないよ。」と笑って答えた。私の企みを見透かすかのように。


 「じゃあ、今日は、おうちデートしない?1歩も出ずに。」

 「やっぱりか、もちろんいいよ。じゃあ早く片付けてしまうね。」


 いつの間にかアルが彼の足元が当然定位置とばかりに、すり寄っていたが、「アル、ちょっとだけバタバタするよと言って、明日の段取りを始めた。


 私は昨日から段取りしていた、料理の仕込みの続きをしていた。


 彼の準備も終わったのが昼前だった。「ちょっと早いけど、お昼にしない?」と言うと、「もうお腹ペコペコだよ。準備中ずっといい香りが家中ただよってるんだからね。」「実は昨日から準備してたんだ。」「そうだと思ったよ。」


 昼食を食べ、昼からは、サブスクで映画を見たり、好きな音楽を聴きながら、話をたくさんした。夕食を食べ、眠りに着くまで、話尽くした。まるで、今までの会えなかった時間を埋めるように。「よかったね。」「チコ、ありがとう。」


 翌日彼が久しぶりの本社へ出勤した。

 総務部の部屋に入り、同期の係長がみんなに「彼が新しい主任です。よろしくしてやってくださいと」挨拶をした。



   私とリターン


 彼が、東京の本社へ戻って1か月が経とうとしていた。仕事は順調だったが、何か心に大きな穴が空いたような感じの毎日だった。とは言え、彼とは、ほぼ毎日電話をしていたのだが。


 ある日の日中、珍しく彼からP.Cメールが届いた。仕事柄、P.Cは常に携帯していた。

 タイトルは”考えて欲しい案件”と言う物だった。気になったので、営業の仕事中だったが、カフェに入り、内容を確認した。


  この間、会社があんな風になったから、内部改革が随分進んでいるんだ

  けど、今度は、女性の積極的な人事改正に手を付ける事になったんだ。

  要は、肩書を持った女性を増やすと言う物なんだが、他社からのヘッド

  ハンティングを主に進めていく事になったらしい。

  そこで人事部が君をどうやら引っ張ろうとしてるみたいだ。人事部の同

  僚が書類を見せながら教えてくれたんだけど、「元社員で、今北九州で

  バリバリ働いているこの彼女って、お前の彼女だろって。」多分近い内

  にうちの人間が君に近付いて来ると思う。と折り合えず要件まで。


 読んでいくうちに、汗がどっと出てくるのが分かった。私はLINEで「今晩電話できる?」とメッセージを送ると数秒後に「OK」と返事が返って来た。


 仕事を終え家に帰ると、食事にするか、彼への電話にするか悩んだが、話が長引きそうだったので、先に食事を摂る事にした。その日の夕食は味がしなかった。


 片づけを終えると彼に電話をかけた。1コールで彼が出た。「メール読んでくれた?」

 「うん、その電話だよ。本題から入るけど、何故私が?」

 「同僚の人事曰く、今とにかく働ける女性が欲しいらしい、しかも君なら元社員という事もあり、当時からの仕事ぶりも評価されている。それから……」

 「それから君の会社は、うちの会社ともつながりがあるとか。これは僕も初耳だった。」

 「確かに取引先一覧にはあなたの会社もあったわ。」

 「今の仕事にやりがいがあるのは分かる。だから無理にとは言わないが、頭の片隅にでも置いておいてくれないか?」

 「うん、教えてくれてありがとう。本当は言っちゃダメなやつでしょ。だから個人のP.Cからメールをくれたのね。」

 「お見通しだね。」

 「この件は、真剣に考えてみるわ。」

 それからはいつもの会話に戻った。気が付くと結構遅い時間になっていた。

 「じゃぁ、お休み。」

 「おやすみなさい」


 彼が言った通り彼の会社から、アクションがあった。

 会社対会社で、人事トレードと言う話だった。彼の会社の北九州営業所の女子社員と、私が入れ替えにという話だった。ただ、これは、双方本人の意思に任せるというものだった。


 私は悩みに悩んで結論を出した。

 


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