シンと僕とサスピション

   シンとサスピション


 僕は、寒空の下、どれくらいの時間、動けずにいただろう。

 ふと、我に返って、駅前のカフェに入った。頭の中は、ケーキどころではなかった。

 今、見たのは、何だったんだ?男と腕を組んでいたのは、間違いなく彼女だった。

 しかも、僕には見せた事のない笑顔のように感じた。店でも、僕は動けずにいた。

 30分位たった頃、携帯が震えた、彼女からのLINEだった。

 「まだ、仕事中?、帰る時間が分かったら返事下さい」という内容だった。

 「なぁ、シン、どうしたらいい?」

 「難しい問題だね、彼女に聞くのは怖いし、聞いて自分が怒らない自信は無い、でも、聞かないと言う勇気もない。」

 「そうなんだ。」

 

 僕は、勇気を出して、「30分後位に帰ります。」とLINEの返信を打っていた。


 自分の家のインターフォンなのに、押すのが、こんなに怖いと思ったのは初めてだった。

 意を決し、そのインターフォンを鳴らした。「は~い」と言ってすぐに、玄関の扉が開いた。

 「今日は、ちょっと遅かったのね。」

 「うん。」

 「晩御飯は……」と言いかけて、僕の様子がおかしいと気付いた彼女は「どうかしたの?」と聞いてきた。

 僕は冷静に、「ちょっと、話、いいかな?」

 首を傾げ、彼女は、「もちろん。」と言って、ダイニングの椅子に腰かけた。

 僕も向かいに、腰かけ、「聞きたい事があるんだ。」と切り出した。

 彼女は、思い当たる節がない様子で「何?」と聞いて来た。

 「1時間ほど前、僕は、君を見かけたんだ。間違いなく君だった。

 君は、僕の知らない男性と、腕を組んで楽しそうに歩いていた。そうだね。」

 と僕は、少し語尾を強めに言った。

 「あぁ、見たんだ。」と少し微笑みながら彼女は言った。

 僕は、その笑顔の意味が分からなかった。

 「見たんだ、ってどういう事なんだ!」

 「落ち着いて、ちゃんと、説明するから。」と彼女は言った。

 彼は会社の取引先の人で、営業に何回か足を運んでいるうちに、よく話すようになった事、彼が性同一性障害である事、そして今日、カフェでその事を、私を信用して打ち明けてくれた事、その帰りに彼(彼女)が嬉しくなって、私の腕に抱き着いた事を話してくれた。

 「多分、たまたまその時、見かけたんじゃないかな?」と言って、彼女は、どこかに電話をかけていた。暫く話してから、僕に「変わって欲しい。」と言い携帯を僕に渡した。受話器の向こうで、女性ではと思えるような声が聞こえた。内容は、彼女の言った通りだった。そして、誤解を解くために、次の日曜日、3人で会って欲しいと言った。僕は、もう、疑ってはいなかったが、彼女の友達として、「じゃぁ、会いましょう、細かい事は、彼女と決めて下さい。」と言って、切らずに携帯を彼女に渡した。彼女は、二言三言話していた。

 「あぁ、シン、よかったよぉ。なんかほっとして、泣きそうだ。」

 「うん、良かったね、誤解が溶けて、新しい友達も出来そうじゃないか。」


 彼女が、「会うのは、ここでいい?」と聞いて来た。

 僕は「もちろん。もしその後出かけたくなったら、出掛ければいいんだし。」

 「ありがとう。でも、誤解を招くような行動をとって、ごめんなさい。」

 「いや、疑ってしまって、こっちこそごめんね。」

 

 あっと言う間に、日曜日が来た。昼過ぎに、彼女が彼(彼女)を駅まで迎えに行き、この家に来る手筈にした。

 

 ピンポーン・ピンポーン、インターフォンが鳴った、モニターには彼女だけが映っていたが、横に誰かがいる事は、分かった。

 僕は、玄関まで行き、2人を迎え入れた。

 正直僕は驚いていた、どう見ても、女性2人組じゃないか。


 3人でリビングに行き、それぞれ、思い思いの所に腰かけた。

 アルも入って来た。そして、彼(彼女)に喉をなでられながら、「あなたが、アルなのねと言っていた。」アルも、なでられることが、まんざらではない様子だった。

 彼(彼女)はコートを脱ぐとニットのセーターを着ていたが、その上からでも華奢   な女性らしいボディラインが見て取れた。

 顔も、きりっとした顔立ちだが、女性そのものだった。

 彼女が「見とれすぎ!」と言って僕をにらんだ。

 続けて「でも、私も、びっくりしちゃった。駅で声をかけられなかったら、絶対見逃していたわ。」

 

 僕は改めて、自己紹介をした。すると、彼(彼女)から、「お願いがあるんですけど、2人に私のもう一つの名前をつけて欲しいんです。女の子の名前を。」と言われた。

 彼女は「私たちでいいの?」と聞いていた。

 すると「あなたたちがいいの!」と返事が返って来た。


 僕と彼女は、真剣に悩み、”美希(みき)”にした。そして「”みき”なんてどうかな?美しい希と書いて美希、どう?

 「美希……素敵な名前、意味はあるの?」と美希

 彼女が答えた「あなたは、美しいから”美”は絶対入れたかったの、そして、あなたが希む未来がきっと現れますようにと美希にしたの。どう?」

 「うん気に入ったどころか、名前が、宝物になっちゃった。」と美希は、目を潤ませていた。

 

 それから3人は、それぞれの話をした。美希は、時には痛々しい思いもしてきたようだ。

 

 夕食は、3人で、食材を買いに行き、3人で作り、食べた。もちろんアルのおすそ分けも忘れなかった。


 そして美希は、帰って行った。

 

 僕は、「いい子だったね。」と言うと彼女が「今度は、私がやきもちを焼く番かしらと僕を茶化した。

 

 新しい友達が増えた喜びと同時に僕には、もう一つ、最近いい事があったのだ。

 

 彼女を見かけたあの夜、ケーキを買って帰ろうとしたのには、理由があった。


 僕たちの勤めている会社は、都市インフラや、総合企業プランニング、人材派遣の3本柱の会社だった。中でも、都市インフラ部と、企業プランニング部は会社の花形だった。


 もちろん、地方の営業所でも、インフラ課や、プランニング課は、主勢力だった。


 実は、あの日、営業所長から、来春からの、プランニング課への移動の内示を貰っ     ていた。これは、この先、本社への復帰の可能性も出て来たという事なのだ。


 ただ、あのごたごたで、まだ彼女には言えていないが。


 「なぁ、シン、このまま、いい感じが続けばいいのにな。」

 「そうだね、嫌な事も無くなったしね。」

 

 

    僕とサスピション


 僕は、今、かなりの充実感を毎日味わっていた。本社にいる時より、仕事にやりがいを感じていたのだ。出張も、少なからずあった。

 そして、今考えると相当な役職を貰っていた。給料も少しだが上がった。


 あの時の彼女に合わせる顔が無いと思う。

 もちろん、彼女とは、頻繁に連絡は取っていた。彼女も、本社で頑張っているようだ。

 

 僕たちの勤めている会社は、都市インフラや、総合企業プランニング、人材派遣の3本柱の会社だった。中でも、都市インフラ部と、企業プランニング部は会社の花形だった。


 もちろん、地方の営業所でも、インフラ課や、プランニング課は、主勢力だった。


 実は、先日、営業所長から、来春からの、プランニング課への移動の内示を貰っていた。これは、この先、本社への復帰の可能性も出て来たという事なのだ。

 

 ただ、彼女には、言うタイミングをうかがっていた。彼女を驚かせたかったのだ。


 書類上は、来春からだが、少しづつ、プランニング課の仕事もするようになっていた。

 企業に赴き、企業プランニング案をプレゼンするのだが、まず顔を売る事から始めていた。

 

 そうしてるうちに、何社かの人達に、顔を覚えてもらえるようになっていた。

 その中に、どうも不思議な、雰囲気を醸し出している女性がいた。きりっとした、きれいな顔立ちだが、この人とは、彼女が居なかったとしても、付き合う対象ではないな、これは親友になるタイプだ。と思っていた。そんな彼女とも打ち解け、色々な世間話までするようになっていた。

 

 ある日、昼から、その会社に打ち合わせで出掛けていた。打ち合わせ自体はスムーズに進み、2時間くらいで終わった。

 彼女が、「今日は、金曜日で、私本来は金曜日は昼から休みを頂いているの。」

 何やら、社内規定の就業時間の関係らしかった。

 「でも今日は、あなたとの打ち合わせで、残業したから、今日はこれで帰るのだけれども、あなたに、どうしても聞いて欲しい話があるの?時間はあるかしら?」

 「僕も、打ち合わせが長引くと思って、直帰するって会社に言って出て来たから、時間は大丈夫だよ。」

 と言って、2人は、青葉城の近くの喫茶店に入る事にした。

 

 「よかった、今日くらいしか、話せないと思ってたから。ただ、少し深刻な話になるけど、いいかな?」

 「もちろん。」

 「驚かないで聞いてね。これは、うちの会社の人事部と、一部の役職の人しか知らない事なんだけど、私、性同一性障害なんだ。こんな格好をしているけど、戸籍は男なの。」

 さすがに驚いた。驚かないでと言うのは、無理な話である。

 「美希さんがなの?」

 「そう、誰にも言えない事が、苦痛だったの。でも、やっと、友達として言えそうな人を見つけたんだ。それがあなただったの。でも、いきなりこんな話、重いよね、ごめんね。」

 「いや、逆に、こんな僕に、大切な事打ち明けてくれてありがとう。なんか、友達なんだなって思えるよ。」

 

 「ありがとう、やっぱり、あなたに打ち明けてよかった。」

 「今まで、苦しい思いもいっぱいして来たと思うけど、これからは、何でも言ってよ。」

 「本当に、ありがとう、泣いちゃうと、マスカラが大変な事になるのに。」と言って、美希は泣いていた。

 化粧直しをして、店を出た2人は、青葉山公園を少し歩く事にした。いきなり美希が腕を組み。「こうしてると、恋人に見えるかしら?」とふざけて見せた。

 「もう、ふざけない!人の目があるんだぞ。美希さんもこれからいい人見つけなきゃいけないのに。」と言い、そのまま、公園を出て別れた。


 何故か、その日から彼女からの連絡は来なくなった。こちらから電話やLINEをしても返事が無い。

 

 僕は、心配になって、次の週の土曜日の午前中、彼女の家を訪ねた。

 インターフォンを鳴らすと、暫くしてから、ドアが開いた。ドアスコープから僕が見えて暫く悩んだのだろうか?

 「何で、来たの?」

 「何でって、連絡が途切れて心配になったから。」

 「入って。」と彼女は言い、リビングの椅子に座った。僕は、向かい合わせの席に座った。

 

 「私ね。」彼女が口を開いた「私、見ちゃったんだ。仕事だったけど、あなたを驚かせようと内緒で仙台に行ってたの。そこでね、時間が出来たから、青葉山公園を散歩してたら、あなたが、とてもきれいな女の人と腕を組んで歩いている所を。」

 「あぁ、それは、大きな勘違いだよ。あの人は、あんな格好をしていたけど、性同一性障害の男の人なんだよ。そのことをずっと悩んでいて、あの日、打ち明けられたんだ。友達としてね。その後、公園でふざけてたんだよ。」

 「そんな事信じられる訳ないじゃない。」

 僕は、「証明するから今から、仙台に行く準備をして。出来たら、泊りの用意もして。」と言って僕は、美希に電話を掛けた。

 「じゃぁ、行こう。」と言って、東北新幹線に乗り込んだ。

 車内ではお互い無言だった。

 

 そう言えば、彼女が、僕の家に来るのは初めてだな、などと考えていた。

 家に着き、彼女にはリビングのソファに座って貰った。

 再び僕は、美希に電話をかけていた。程なくして、インターフォンが鳴った。

 美希が来た。

 美希に、彼女の前に座って貰うように頼んだ。そして、いまだに信じられないといった顔をした、彼女に説明をして貰った。

  

 僕の話と、全く矛盾点の無い話を聞いてやっと、彼女の表情が元通り柔らかくなった。

 僕と、美希は彼女に謝った。「勘違いして拗ねてた私が悪いの、逆にごめんなさい。」と彼女は言い、美希と仲良くなってくれた。その日はこの後、用事があるからと、美希は帰って行った。

  その後「本当にきれいな人ね。改めて、びっくりしたわ。」などと話をした。

彼女は、そのまま、僕の家に泊まる事になった。

 





 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る