チコと私とサスピション

   チコとサスピション


 「ねぇ、チコ、寂しいけど、幸せって、苦しいもんだね。」

 「そうねぇ、もどかしいよね。」


 初秋から始まった長距離恋愛も、4か月を過ぎ、冬の寒い盛りを向かえていた。


 ただ、電話は、ほぼ毎日していたが、最近はそれだけで、彼の事を私の傍に感ようとしていた。

 それを続ければ続けるほど、心の繋がりは増していくのを感じるのだが、反比例して寂しさは増していった。


 そんな時、会社で、各営業所に重要書類の原本を、直接届ける仕事が、庶務課に舞い込んで来た。

 何でも、社外秘で、確実に届ける必要があるらしい。

 営業所は、全国で8か所あったが、庶務課の中で比較的動ける人材に割り振るとの事だった。私もその中に入っていたのだ。

 「私は、仙台に行きたいです。」と人目をはばからず立候補していた。

 みんなは、不思議そうな顔をして私を見ていた。それはそうだ、こんなめんどくさい仕事を自らやると言うのだから。

 あっさりOKを貰った。

 「チコ、やったよ。彼に会える!」

 「よかったじゃない。」

 書類を届けるのは3日後の金曜日で、仙台なら、昼から会社を出てそのまま直帰してもいいとの事だった。


 それからも、彼とは電話で話はしていたが、仙台行きの事は、内緒にしていた。

 突然行って、彼を驚かせたかったのだ。

 しかも、金曜日、彼に用事が無ければ泊まることも出来る。

 「勝手に話を進めちゃって大丈夫?」

 「あっ、チコ、彼を驚かせたいんだ。」

 

 金曜日が来た。朝から、顔がにやけているのが自分でも分かる。出来るだけ、下を向いていよう。

 昼休みになると同時に、会社を出た。昨日、東京駅で新幹線のチケットを買っていたのだ。荷物もコインロッカーに預けていた。会社が、東京駅に近くてよかったと、今更ながら思った。

 12時36分発、普通に歩けば間に合う時間だ。ただ、自然と早足になる。

 「そんなに、急がなくても間に合うよ。」チコが言った。

 新幹線には、少し余裕で間に合った。

 「ほら、落ち着いて。」再びチコが言った。

 車内で、駅弁を食べながら、彼の事を思っていた。


 2時過ぎに仙台に着き、そのまま仙台営業所までタクシーで向かった。

 タクシーに乗ったはいいが、5分程で着き、申し訳なさそうな顔で料金を払った。

 

 受付で、書類を持参した旨伝えると、応接室に案内された。いかにも、中間管理職風の人が、書類を受け取りに来た。「当い所ご苦労さん。」と言い、受け取りのサインを書いて私に渡した。私は「ありがとうございます。」といい、その人の後を追うように部屋を出た。


 その後、営業所の中をうろうろしたが、彼の姿が無かった。

 受付に、彼の所在を聞くと、受付嬢が、いぶかしげに、私を見て、「午後から打ち合わせで外出しており、今日は、そのまま直帰となっております。」との事だった。


 「なんだ、いないのか。急いで支度して出て来たのが、ばかみたい。」私は呟いていた。

 「チコの言う通り、連絡すれば、良かったのかな?」

 「だって、サプライズしたかったんでしょ、しかたないよ。」


 定時になったら、彼に電話しようと決め、街をぶらつくことにした。

 駅の周りは、意外なほど賑わっていた。

 しかし、少し離れると、観光地もあり、なかなかいい街だった。

 

 私は、青葉城の近くの、青葉山公園と言うところを散歩していた。

 小高い丘にあって、見晴らしのいい公園だった。

 

 そこで、私は、見てはいけないものを、見てしまった。

 スーツ姿の彼が、見た事のない女性と、仲良く腕を組んで歩いていたのだ。

 

 私は小走りで、その公園を飛び出していた。

 そして、駅に向かい、一番早い便で、大きな荷物を抱え、東京に戻った。


 その日、私は、彼に電話をかけなかった。彼からもかかって来なかった。

 「ねぇ、チコ、やっぱり遠距離恋愛って、上手くいかないのかな?

 チコは、無言だった。



   私とサスピション


 彼は、会社でのわだかまりが無くなったからか、一層仕事に打ち込むようになっていた。

 残業も、少し増えてきていた。

 でも遅くなっても、「ただいま。」と言って帰って来る彼が、大好きだ。

  

 私の就職した会社は、社員が総勢で20人程の小さな事務用品を扱う会社で、彼の会社や、駅からほど近いオフィスビルのワンフロアにあった。

 私は、営業担当に配属された。とは言え、半数の10人が営業なのだが。

 主な仕事は、企業などを回り、扱っている事務用品を売り込む事だった。


 最初の1か月は、先輩の後をついて回り、ノウハウを学んだ。しかし、それからは、1人で営業回りをしていた。

 営業と言うのは、いろんな人との出会いがある。

 しかも、営業と言う仕事柄、相手は、まず構えて来る。しかし、話していくうちに、その人の人となりが見えて来る。

 やる気のある人、そうでない人。会社が好きな人、嫌いな人。

 真剣に私の話を聞いているふりをする人、興味が無いふりをして、その実、しっかり、商品をチェックする人。

 本当に様々だ、でも、勉強になる。

 彼にもよく、私が営業で会った人の話をしていた。彼も、興味深く聞いてくれた。

 「君の話は、勉強になるよ。とも言ってくれていた。

 営業を続けていくうち、興味を示してくれそうな会社が数社あった。私は、幾度となくそれらの会社を訪問していた。


 本当は、会社的にはいけない事なのだけど、ある会社に度々赴いているうちに、話のよく合う人と、友達みたいになっていた。

 その人は男性で、話が面白く、乗りもよかった。

 しかし、私に彼がいなかったとしても、恋愛対象にはならないタイプだった。

 外見は、整い過ぎるほど整った顔立ちをしていて。身長は、160センチの私とそんなに変わらなかった。

 ただ、その人は幼いころから、ある悩みを抱えていた。


 打ち明けてくれたのは、冬の寒い盛り、その日も営業に行った時、「今日、仕事が終わってから少し、時間あるかなぁ?そんなに時間は取らせないから、相談に乗って欲しい。」と言って来た。

 私は、「彼が帰って来るまでの、少しの時間なら。」と、約束をした。小一時間位なら、大丈夫だろう。


 仕事が終わり、約束のカフェに行くと、もう彼が来ていて、コーヒーを飲んでいた。私に気付くと、こっちを向いて微笑んだ。

 席に着くと、私は、ホットミルクティーを頼んだ。

 彼は、何かを踏ん切り、思い切ったように、話始めた。

 

 「驚かないでね、僕は、性同一性障害なんだ。」

 「えっ!」としか声が出なかった。

 「今からは、、僕の話しやすい言葉で話してもいいかな?」

 「もちろん。」

 「じゃぁ、話すね。」

 声色まで変わっていた。

 「私がこうなったのは、多分小学生の頃、学校に、女子にすごく人気のある男の子がいたのね。

 気が付いたら、その子の事ばかり考えていたの。」

 「それが、初恋だったのね。」

 「そう、でもこのままじゃ、いけないって気持ちもあったのよ。

 だから、高校では、彼女を作ったりもした。

 でも違うのよ。

 私はそうじゃない。

 私は、私で居たかった。

 それからは、自分を殺して生きて来たの。」

 「そうだったのね、辛かったでしょう?」

 「でも、何故かしら、あなたを見て、あなたとお話していくうちに、あなたなら、話せる気がしたの。

 それでも、この秘密を言っちゃえば、もう、二度と話してくれなくなるかも、とも思って悩んでいたのよ。」

 「そんな事、ある訳ないじゃない。これからは、私の前では、本当の自分でいいんだからね。」

 彼(彼女)は、少し涙を浮かべて、「ありがとう。」と言った。

 彼も、帰ってくる頃だし、その日は、それで話は終わった。

 ただ、次の日曜日、、ゆっくり会おうと約束した。

 彼女は、会社以外では、女装しているらしく、それを見るのも、楽しみだった。

 この整った顔は、きっとよく似合うだろう。

 カフェを出て、暫くは、同じ帰り道だったので、途中まで一緒に帰る事にした。

 彼女は、よっぽど嬉しかったのか、私と腕を組んで離さなかった。

 

 

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