チコと私とトゥーサイズ

   チコとトゥーサイズ


 「ねぇ、チコ、彼行っちゃったね。」

 「そうだね、大丈夫?」

 ここは、東京駅の東北新幹線のホーム。

 彼の乗った新幹線のテールランプを眺めて、呟いていた。


 あの話し合いの次の日、つまり、昨日。私は、今日の昼まで休暇を取り、彼と私の家で過ごしていた。

 アルと別れるのも寂しいと言い、私がやきもちを焼くほど、ずっと傍にいた。荷造りもあったので、早めに帰ったが、私も手伝いを言い訳に、彼に付いて行った。

 夕食を食べ、片づけを終えてから、荷造りを2人でした。それも終わり、それまでこらえていた涙が止まらなくなった。

 そして、私は彼の肩に額を付けて、泣きじゃくっていた。そんな私を彼は優しくギュッと抱きしめてくれた。どれ位そうしていただろう。ひとしきり泣いた後、もうすっかり遅い時間になっていた。

 その日は彼の家に泊まり、朝8時発の新幹線に彼が乗るまで、一緒にいた。

 長距離恋愛の始まりだ。

 今から、家に帰って、アルの世話をしてから、、出勤する。

 今日は、仕事になるか、自信が無かった。

 チコが、「大丈夫だよ!あなたがそんなんじゃ、辛い思いをした彼に申し訳ないよ。」

 「そうだねチコ、私頑張るね。」

 それからの私は、みんなが「どうしたの?」って言うくらい、仕事に励んだ。

 1週間後、彼は予定通り、家を見つけて、引っ越しすることになり、2日間帰ってくることになった。


 私は、その2日間休みを取り、荷造りを手伝った。

 2日目の夕方、引っ越し業者が、荷物を積みに来た。

 彼の新しい家への到着は、明日の午後にして貰った。

 その日は、東京駅で夕食を摂った。

 その後、彼は新幹線に乗り、仙台に帰って行った。

 やはり寂しさは、なくならないものだ。

 

 彼は、仙台支店の、総務課課長に就任していた。

 この事が、心の行き違いの引き金になった。

 毎日、彼とは電話で話をしていたが、ある時私がつい、話の流れで、「課長なんて、昇進じゃない!」と言ってしまった。

 この会社では、遠方の支店に移動するだけで、関係子会社への出向に匹敵する左遷なのだ。

 肩書も、有ってないようなものだった。

 暫く黙っていた彼は彼は、「ごめん、君のその言葉には、優しさが無い。僕の人間が小さいのかもしれないけど、まだ今の自分の状況を受けとめようとしている所なんだよ。悪いけど、暫く僕から連絡するまで、電話をかけて来ないで欲しい。」と言って、電話を切ってしまった。

 私は、何て事を言ってしまったんだと後悔していた。

 「チコ、どうしよう?つい言っちゃった。」

 「やっちゃったね、でも、もう、仕方無いよ。彼からの電話を待つしかないね。」

 「そうだよね。」


 しかし、1週間経っても、2週間経っても彼から、何の音沙汰もなかった。

 居ても経ってもいられなくなった私は、土日を使って彼に会いに行く事にした。

 こんな形ではあるが、初めての彼の家だった。

 そこは14階建てのマンションの最上階だった。

 ドキドキしながら、インターフォンを鳴らした、彼はいるだろうか?

 それは、モニター付きのインターフォンだった。

 インターフォンから、彼の声が聞こえた。

 「何故、どうして来たの?」と言った後、玄関のドアが開いた。

 そんなに、時間が経ったわけではないが、懐かしい顔がそこにあった。

 「とにかく入って。」と彼が言った。

 表情からは、感情が読み取れない。こんな事は、初めてだ。

 彼は、リビングのソファに座るように促してくれた。彼は、テーブルをはさんだ、反対側にある、ボックススツールに腰かけた。

 「どうして来たの、?僕は何の連絡もしていないはずだけど。」

 「だって、いつまで経っても連絡をくれないから、寂しくて。」

 「僕はね、あの時も全てを忘れて働こうとしていたんだ。そんな時に言われた、君の心無い一言を、早く忘れようと、更に必死に働いていた。でも、頑張れば頑張る程、虚しさが大きくなって。

 自分でも、何て小さい人間なんだってわかっているんだ。でも、もうちょっと時間が欲しかった。

 僕もね、君に会えない事は、寂しくてたまらない。正直最初は怒っていたけど、今は、少しも君の事は怒っていないんだ。ただ、こんな情けない自分は、君に合わせる顔が無い。

 だから、、今はまだ君に会っちゃいけないんだ。」

 「私じゃ、力になれない?」

 「違うんだ、分かって欲しい。君の力が必要と言えるまで待って欲しいんだよ。」

 「そうか、、まだ、スタートラインにも立てていないって事なのね。分かった。ごめんね、急に来て、今日は、もう帰るね。」

 「ごめん、必ずその時を自分のものにするから、待っていて欲しい。」

 「分かった。でも、もう、この事で、もう2度と謝らないで、私も謝らないようにするから。」

 と言って彼の家を出た。


 「ねぇ、チコ、これでよかったのかな?」

 「彼の気持ち、あなたも分かったから、こうしたんでしょ。」

 「そうなんだけどね。」

 私は、何故彼に会いに行ったんだろうと、暫く落ち込んだ。


 それから、1か月後彼から連絡があった。

 「次の土曜日、泊りでそっちに行ってもいいかな?」

 胸のドキドキが止まらなくなった。

 「もちろん、待っている。」

 彼は立ち直ったのだろうか?

 

 土曜日が来た。私は、家で待つ事にした。

 朝9時、インターフォンが鳴った。はやる気持ちを抑えて、玄関まで迎えに行っき、扉を開けた。

 「ただいま、で、いいのかな?」

 「もちろん」と言って「お帰りなさい」と続け、私は彼に抱き着いていた。

 「おいおい、アルが変な顔で見ているよ。」「あっ、ごめん、つい。」と言って、自分が、恥ずかしくなった。

 「入ってもいいのかな?」「何も言わないで入って来てよ。」

 アルは最初、きょとんとしていたが、すぐに思い出したのか、彼の傍に来ていた。

 私は、彼とテーブルに向かいあわせで椅子に座り、話をした。

 「随分待たせてごめん。」

 「うん、でも、あの、私が勝手に言った日に決めたんだ。何か月でも、何年でも待とうって。」

 「そうなんだ、ありがとう。」


 彼は、向うの会社での葛藤に打ち勝った事を、楽しそうに話してくれた。

 そこまでになるのには、相当苦労したんだろうな。

 その2日間は、目いっぱい彼に甘えた。



   私とトゥーサイズ


 ここは、東京駅の東海道新幹線のホーム。

 彼の乗った新幹線のテールランプを眺めて呟いていた。

 「行っちゃった。」


 あの話し合いの次の日、つまり昨日、私は今日の昼まで休暇を取り、彼と、私の家で過ごしていた。最初は、あの猫が苦手だった彼が、「アルと別れるのが寂しい」と言い、私がやきもちを焼くほど、ずっと傍にいた。

 たった2週間程なのにね。

 荷造りもあったので、早めに帰ったが、私も、手伝いを言い訳に彼に付いて行った。

 夕食を食べ、片づけを終えてから、荷造りを2人でした。

それも終わり、、何故か涙が止まらなくなった。彼は、横に来てそっと肩を抱いてくれた。

どれくらい、そうしていただろう。ひとしきり泣いた後、もうすっかり遅い時間になっていた。

その日は、彼の家に泊まり、朝8時発の新幹線に彼が乗るまで一緒にいた。

短い、長距離恋愛の始まりだ。

 今から、家に帰って、アルの世話をしてから、、出勤する。

 今日は、仕事になるか、自信が無かった。


 それからの私は、みんなが「どうしたの?」と言うくらい、残りの2週間、仕事に励んだ

 1週間後、彼は、予定通り、家を見つけて、引っ越しをする事になり、2日間帰ってくることになった。

 私は、その2日間も、休みを取り、荷造りを手伝った。2日目の夕方、引っ越し業者が荷物を積みに来た。彼の、新しい家への到着は、明日の午後にして貰った。

 その日は、東京駅で夕食を摂った。

 その後、彼は新幹線に乗り、北九州に帰って行った。

 

 それから、1週間が経った日曜日の朝一番、会社を辞めた(と言っても有給消化中だが)私も、彼の元へ引っ越した。

 アルを連れての移動だったから、新幹線では気を使うので、飛行機にした。しかし、その後、北九州空港から、彼の家のある駅まで50分もかかってしまった。

 そこは、14階建てのマンションの最上階だった。

 私は、インターフォンを鳴らした。モニター付きのインターフォンだった。

 彼は飛び出すように玄関まで迎えに来てくれた。

 「入って、入って!今日から、ここが、君の家だよ!もちろんアルもね!ゆっくり見て回って!」

 彼は、明らかに浮かれていた。

 それを見て私も嬉しくなった。


 間取りは2SLDKだった。そのうちの1部屋が手つかずになっていた。

  アルは、慣れない家に警戒しているのか、部屋の隅で動かなくなってしまった。

 「来て早々で、申し訳ないんだけど、相談が、有るんだ。昼から引っ越し業者が来るでしょ、部屋の使い方を決めようと思って。」

 「どういうこと?」

 「2部屋を、それぞれのプライベートルームにするか、ベッドルームを一緒にするか、という事。」と、彼は恥ずかしそうに言った。

 私も照れながら、「出来たら一緒に寝起きしたい。」と言った。

 彼はほっとしたように、「じゃぁ、そうしよう。引越し業者のオプションで先住者の部屋の模様替えも選んでくれたんだよね?」「うん、選んだよ。」「じゃあ、レイアウトを急いで決めよう。」と言って、2人で大体のレイアウトを決めた。

その頃になるとアルが、部屋を走り回っていた。

 彼は、「勝手だけど、今日は、忙しくなると思って、食事は、デリバリーを頼んだよ。」

 「ありがとう。」と私は答えた。

 彼が使っている部屋から、共通で使える物を、手つかずになっている部屋に移動している時に、昼のデリバリーのピザが届いた。急いで食べて、次はキッチンやリビング、ダイニングで、ダブってしまうものをまとめていると、引っ越し業者が来た。

 重たいものだけ、決めたレイアウト通りに配置してもらった。後は、2人でゆっくり片づけて行こうという事になり、引っ越し業者は帰って行った。


 一息ついていると、今度は、夕食が届いた。寿司だった。

 「美味しい!」思わず私は、少し大きな声で言っていた。

 「でしょ、こっちは魚が美味しくて。」彼は、とにかく嬉しそうだった。アルもおすそ分けを美味しそうに食べていた。


 これで、引っ越しも、一段落した、次は、私の仕事だ。

 少し悩んだが、事務用品を扱う会社で社員を募集していたので、そこで働く事にした。その会社は、彼の会社から歩いて10分足らずの所にあった。


 その時くらいから、彼の様子がどうもおかしいような事に気が付いた。

 何かに悩んでいるのに、明るく振舞っているような感じに思えたのだ。

 もっとも、私の気のせいかもしれないが。

 暫く、そんな雰囲気が続いていたが、突然ある日、何かが吹っ切れたような表情に変わっていた。

 私は、思い切って聞いてみた。

 やはり、この転勤に対してずっと悩み続けていた事を話してくれた。

 多分今まで言わなかったのは、私に気を使っていたんだと思う。私のせいで転勤になったと思っているこんな私に。

 彼は、会社で葛藤に打ち勝った事を楽しそうに話してくれた。

 そこまでなるのには、相当苦労したんだろうな。

 私は、今まで以上に彼に甘えて見せた。傍でアルが、不思議そうに見上げていた。

 


 


 


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