私とチコと僕

 「ねぇ、チコ、私どうしちゃったんだろう。」

 「どうしたの?」

 「チコがいるから、寂しくないし、もともと人付き合いも苦手なのに……」

 「なのに?」

 「この会社にね、気になる男性が現れた。と言うか、気が付いたら、気になっていた。」

 「いい事じゃない。」

 「そうかなぁ、でも、少し怖い気もする。」

 「何故?」

 「だって、この先どうなるか分からないし、そもそも相手にされないに決まっているよ。」

 「そんな事分からないじゃない。」


 その時、目の前を男性が、軽く会釈しながら通り過ぎた。


 「今の人。私たちと同じ庶務一課の主任さん。」と私は、顔を赤らめた。

 「いい感じの人だね。」

 「うん、でも、どうしようもないよね。」

 「だから何故?そんなの相手がどう思っているかなんてわからないじゃない、あなたに好意をいだいているかも知れないじゃない。」

 「だとしても、どうしていいか分からない。」

 「じゃぁ、こんなのはどう?あなた、お茶を出す時があるじゃない?その時に、ランチでも誘うメモを渡してみるとかは?」

 「えっ、恥ずかしいよ、それに断られたと思うと。」

 「勇気を持たないと前に進めないよ。たとえ断られたとしても、まだ付き合ってもいないんだから、気まずい時期があったとしても、すぐ元通りになるよ。」

 「そうか、そうだよね。近いうちにやってみる。」

 「頑張って!」


 その近いうちが、本当に近いうちになった。

 自分でも知らなかった自分がいた。どうやら私は、こうと決めたら、すぐ実行するタイプだったらしい。

 頼まれてもいないのに、課のみんなにお茶を入れ、さらに、付箋に書いたメモをコップに付けて、かれのデスクに置いた。

 彼は、付箋を見て、すぐに剥がしポケットにしまった。

 暫くすると、彼が席を立った。


 程なくして、スマホが、ポケットの中で振動した。

 心臓の鼓動が、みんなに聞こえるのではと思う程高鳴った。

 こっそりスマホの画面を見ると、”ショートメール未読1”と表示されていた。

 彼が席に戻る事を確認し、今度は私が席を立ち、給湯室へ向かった。この時間は、あまり給湯室には人がいないはずだ。

 案の定、誰も居なかった。

 急いで、ショートメールを開いた。そこには、「明日の昼休み、会社の近くのランチもやっているカフェで待ち合わせしませんか?」と言う物だった。

 すぐに返事を打った。「はい、よろしくお願いします。」と。

 「どれどれ、やったじゃない!」

 「あっ、チコ、ありがとう。急いで戻らなきゃ。」

 席に戻ってからは、平静を装うのに必死だった。

 次の日、チコの言葉以外、私は昼までの記憶があまり無い。

 チコは、「大丈夫、落ち着いて。」と、私が、浮かれて失敗しそうになる度に言ってくれた。


 ついに、昼休みが来た。

 「大丈夫!しっかりね!」と、チコが言うと同時に、私は会社を出た。

 店に入るとすでに彼は席に着いていた。

 「お待たせしてすみません。」私の第一声だ。

 「いや、僕も今来たところだよ。」

 「すみません、急にお誘いして。ご迷惑じゃなかったですか?」

 「いや、びっくりしたけど、逆に光栄だよ。」その日は、世間話や会社の事とかの話をした。

 午後からは、今度は足元がふわふわしていた。

 浮かれていた私に今度は、「落ち着いて。」とチコは言ってくれた。

 何とかその日の仕事が終わり、家に帰った。

 「はぁ、今日は疲れたぁ。チコ、彼どう思った?」

 「いい人じゃない!あなたに、お似合いだと思うよ。」

 「ありがとう。でも、第一歩は、踏み出せたけど、この先どうなるんだろう。」

 「大丈夫、彼女はいないって言ってたじゃない。それに嫌だったら、食事も断られていたって。」

 チコの言う通り、彼と交際することになった。

 

 


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