2話(5)






「全く……あいつらのせいで予定より早く着いちまったな」

「人気を避けるためには、ここへ向かうしかなかったと思います」


 「それより」と、アリアは少し頬を膨らませながら腕を組んだ。


「ずーっと援軍を呼び続けたのはなんなんですかね。どれだけ返り討ちにしても終わらないじゃないですか。追いかけるだけならともかく、攻撃の手が一切緩まなかったのは少し面倒でした」


 「こっちはいつでも殺せるのに」などと物騒な事を呟きながら少々ご立腹なアリア。そんな彼女を宥めるように、ユニリスタは小さな頭をぽんっと優しく叩いた。


「で、本当にこの奥に家があるのか?」


 そう言ってユニリスタは木々の間からその奥を覗いた。彼らの目の前に広がるのは、光を隠す深い樹木の群れ。目的地であるルーマの森だ。


「迷いの森、悪の箱庭、処刑場、魔物の巣窟……いくつもの怖い異名を持つこの場所に住んでいるなんて物好きですね」

「好きで住んでたわけじゃないよ。ただ、生まれた時からここにいただけ」


 ロコは森と外の境目へ近付くと、迷うことなく草木をかき分けながら奥へと進み始めた。


「待て待て! こんな草だらけの所から入るのか?」

「悪いけど、この森には入口も道もないの。嫌ならここで――」


 その先を遮る様に、ユニリスタも草木をかき分け始めた。


「……無理しなくていいよ?」

「別に無理してない。そもそも家まで送るのが依頼だからな。最後まで付き合うよ」


 草木に邪魔されながらも、ユニリスタは着実に奥へと進んでいく。そんな彼を、アリアは死霊を喚んで道を切り開きながら追いかけ、リンはその後に黙って続いた。


「……最後まで、ね」


 森の奥へ向かう三人の背に、ロコはぽつりと呟いた。その眼は、暗闇の中へ飲まれて行くユニリスタ達の姿をじっと追った。時間にして十秒と経っていない。だが、彼らはあっという間にロコの目の前から消えかかる。その様子にロコはハッとして、作られた道を辿り三人を追った。

 彼女が追い付いた時、先頭は死霊に代わっていた。軽々と森に道を作り、ひたすら真っ直ぐに進んでいる。まだ陽が落ちるような時間ではないにも関わらず、周囲は変わらず薄暗い。


「そういや、ここは年中濃霧に覆われてるって聞いてたけど、今日は晴れてるんだな」

「言われてみれば……あれ、でもそれって変じゃないですか? ここの霧って、確か妖精の魔法で出来てるんですよね? 晴れるなんて事あるんですか?」

「授業でも魔法だって言ったけど、それが本当なのかはわかんねぇな。俺だって来るの初めてだし」


 「っていうか」と、ユニリスタは歩みを止める。


「さっきからこっち見てる魔物は何なんだ?」


 暗い森の奥で何かがチラついた。草木の間から覗くそれは、紫色の鋭い光を放っている。幾つもの光は何をするわけでもなく、ただユニリスタ達を見つめていた。


「森に入った時から気配はしてましたね」

「魔物ってのは、誰彼構わず襲いかかって来るはずだよな。なんであんな大人しいんだ?」

「リンさんに怖じ気付いたのでしょうか?」


 アリアの疑問に「いや」と、リンは否定を返す。


「奴らはこちらを見ていない。俺ではなさそうだ」


 そう話すリンの視線は、密かにロコへ向けられていた。だが、魔物を警戒する中それに気付く者はいない。


「退かしましょうか?」


 スッとスカートへ手を伸ばすアリアの手を、ユニリスタは静かに止めた。


「数も強さもわからない。視線は気持ち悪いが、何もして来ないんなら無視しよう。それより――」


 ロコの方へ向きながら、ユニリスタは前を指差す。


「道はこっちで合ってるのか?」

「合ってるよ。というかもう着いた」


 そう答えながらロコは、首をかしげる三人と一体の横を通り過ぎ奥へと進んだ。ユニリスタ達が彼女の後を追うと、突然陽の光がよく届く広い場所に出た。


「ここが、私の家がある場所――クレスタ村だよ」


 目の前に広がる光景に、ユニリスタは思わず口元を抑え飲み込んだ。

 荒れ果てた畑。原型を留めていない家屋。燃され、炭や灰となった何か。砕け、あるいは割れている武具。そして、夥しい量の血痕と白い砂。

 これは、何かが起きたというレベルの話ではない。惨状から察するに、ここでは小規模ながら戦争に近い事があった。にも関わらず、ユニリスタを含め外の人間は、この惨状はもちろん「そもそもクレスタ村の存在を知らない」のだ。正に「異常」。それが、この村を表すのに相応しい言葉だろう。


「質問、残しておいてよかったね」


 ユニリスタは声にならない音で答える。それがロコの耳に聞こえていたかはわからない。けれども彼女は、その返事をするかのように言葉を続けた。


「あと二つ、あなたの疑問に答えてあげる。でも、できるだけ早く済ませた方がいいと思うよ。こんな場所に長居したくないでしょ?」


 ロコの声は落ち着いた様子だった。背を向けたまま話すその後ろ姿は、どこか冷めているようにも見える。その背中を、ユニリスタは見ている事しかできなかった。


「……何故、そんなに落ち着いているんですか?」


 そっとアリアが口を開く。


「きっと多くのものを無くしたのに、何故あなたは怒りに囚われないんですか?」

「弱いからだよ。どれだけ許せなくても、私一人じゃ復讐する前に殺される。だから逃げて、逃げ続けて生きるの」

「だったら――」


 僅かに気分が落ち着いたのか、ユニリスタはロコに問いかけた。


「どうしてそれを、俺達に依頼しなかったんだ」

「身をもって知ったでしょ。彼らは何処までも私を追ってくる。そんなのに巻き込めるわけない」

「もう遅いだろ。お前と関わった時点で目ぇ付けられてたんだ。今さら別れた所で俺達も追われ続ける。それとも何だ。牢屋の時みたいに、お前なら何とかできんのか?」


 その言葉に堪えるように、ロコは少しだけ唇を噛んだ。


「……その質問には答えられない。あと一つだよ」


 彼女の返答にユニリスタは黙るしかなかった。

 口を開けば何かを聞いてしまう。それが安易なものなら、嬉々として彼女はすぐに答えるだろう。そうなれば依頼は達成され関係が終わる。追われ続けている彼女が――ロコが一人になる。

 そんな状況を、ユニリスタは何故か望んでいなかった。他の人間であればすぐに手を引くような話だが、彼は全く逆の答えを出そうとしていた。それは無意識に。誰から指示されたものでもなく。勘、または直感と言うべきか。

 ――ロコ彼女の手を離してはいけないと、何かがユニリスタに訴えていた。


「どうしたの? 聞きたいことが山ほどあるって言ってなかった?」


 煽るロコに、ユニリスタは言葉をかけるよりも先に体が動いた。しかしその手が、歩みが彼女に届く事はなく、むしろ大きく肩を引かれ遠ざかる。肩を引いたのはリンだった。ユニリスタを庇うように前へ出たリンは、少しだけ険しい表情をしている。


「リ――」


 名を呼ぼうとした瞬間、直前までユニリスタがいた場所に濃い緑色の魔力を纏った針が突き刺さった。直後、針を中心に強風が吹き荒れる。それは円を描くように急展開し、押し出すようにユニリスタ達とロコの距離を強制的に離した。

 リンが壁となっていることで、風の影響がやや少ないユニリスタとアリアだが、それでも目を開けるのが精一杯だ。ロコに関しては、立つことも出来ず地面に伏せている。


「悪い人ですね」


 そんな中を、男は一人涼しい顔で歩いて来た。やがてその足はロコのそばで止まり、哀れみの影を落とした緑眼は彼女を静かに捉えた。


「そんなに彼らを巻き込みたかったのですか?」


 ルガーノの問いに、ロコは噛みつくように言葉を吐いた。


「巻き込んでるのはそっちでしょ。私はずっと、彼らは関係ないって言ってる」

「いいえ。我々はあなたの保護を目的としてユニリスタ達を追うつもりでした。しかしあなたはその邪魔をしている。正式な手続きをせずに帝都を離れ、リロの町では騒ぎを起こしました。更にあなたは、彼らをここへ案内してしまった。これがどういう事か、わからないとは言わせません」


 パズルを組み合わせるかのように、これまでの出来事が淡々と並べられた。今の言葉だけを聞けば、多くの人がユニリスタ達を悪と判断するだろう。しかし、この話しには中身がない。意図的に、ひっそり真実と真相を隠すことで、語り手の望んだ正義へ誘導する。本当の事を隠してしまえば、善悪の操作など造作もない。特に精神が不安定な者ほど、それは大きく揺らぎ効果を発揮する。

 ロコの答えは沈黙だった。返す言葉がないまま、今はただ飛ばされまいと地面にしがみついている。


「……随分と親しくなったようですが、彼らとはここでお別れです。彼らに繋がるものは、全てこの場で処分させて頂きます」


 膝を着き帽子へと手を伸ばそうとしたルガーノだったが、その手はピタリと止まった。ロコが強く帽子を掴んでいるのだ。


「証拠を残せば彼らも追われ続けますよ」

「わかってる。でもこれは、これはダメ」

「……わかりました」


 手を伸ばした所で無駄だと判断したらしい。ルガーノは小さく息をこぼし立ち上がる。


「では、彼らの方から去って頂きましょう」


 その瞬間、風がフッと止んだ。


「ユニリスタ・ティル・クルトニスク。貴様は何故この娘に関わろうとする」


 何事も無かったかのように問いかけるルガーノ。そんな彼を睨みながら、アリアは素早くナイフを手に取った。そしてそのまま飛び出そうとしたが、ユニリスタの手がそれを阻む。


「その身を国に縛られ、逃げれば地の果てまで追われる。自身の命を脅かしてまで、危険でしかない存在と関わる理由はなんだ」

「……助けたいと思ったから」


 ユニリスタの答えに、ルガーノは眉をひそめた。


「正直言って、初めは興味本位で行動した所もある。失敗したと思う時もあった」


 「けど」と、ユニリスタはルガーノを真っ直ぐ見る。


「帝都からロコを連れて逃げた事に後悔はないし、出会った事を不運だとも思わない。危険を顧みずに助けてくれたのはロコも同じだ。だから、今度は俺達がそうするべきだと思った。それだけだ」


 ユニリスタの言葉に「……そうか」とだけ答えると、ルガーノは腰に下げている鞘から静かに細剣を抜き取った。リンとアリアも密かに身構える。


「魔法使いユニリスタ・ティル・クルトニスク。その使い魔、白竜リンネドラゴンのリン、死霊使いのアリア。愚かな貴様らに、この娘の価値を教えよう」


 それは一瞬の出来事だった。ようやく体を起こせたロコの腕を掴むルガーノ。腕を引きその身を自身の方へ向かせると、躊躇なく細剣を彼女の腹に突き刺した。剣身は容易に肉体を貫通し、ロコの背から不気味に這い出る。


「よく見ておけ。これがこの娘の力だ」


 腹からそっと剣を抜く。ルガーノがロコから手を離した直後、彼女は腹を押さえながら地面に手をついた。

 細剣にはべっとりと血が付着しているが、垂れ落ちる様子は全くない。剣身へ吸われるようにして全ての血が消えた瞬間、細剣は淡い光を放つ。しかしルガーノは気に留める事なく、振り返りながら輝く剣を振った。細剣は背後に迫っていた死霊達をまとめて一閃。ただ斬れたのではない。死霊は触れた箇所から白い砂となって崩れ落ち、やがて完全に形を無くした。その場に残されたのは、小さな白い砂山だけだ。


「昨晩も見ただろうが、この娘には聖剣と同じ力が宿っている。魔力あるものを白砂化はくしゃかし無効化させる、対魔王用の武器に相応しい能力だ。しかし、これには二つの欠点がある」


 ルガーノは細剣を少し大げさに振った。直後ピキッと剣身に亀裂が入り、瞬く間に砕け散る。


「一つ。量産品や下手な武器にも力を付与できるが、道具の方が耐えきれず一振りでゴミになる事。二つ。力の付与には、ルーチェという種族の血肉が必要であり、捧げた質と量によってその性能が大きく変わるという事」


 そう話しながら、ルガーノは使い物にならなくなった細剣を鞘と共に無限の箱にしまうと、別の細剣を取り出した。


「わざわざこの話をしたのは、早急に事の重大性を理解させるためだ。ただの魔法使いである貴様が守れるほど、この娘の命は軽くない。今すぐ去れば、これ以上は貴様らを追わないと約束する。娘の自由は諦めろ」


 これが最後の警告なのだろう。

 ルガーノは抜剣した細剣に風の魔法をまとわせた。風はユニリスタ達にも届き、衣服や髪を静かに揺らす。先程よりも弱い風だが、すぐにユニリスタが動く事は無かった。風の中心、細剣のしんにまとわりつくものが、明らかに濃く速く渦巻いていたからだ。

 細剣あれに触れれば一瞬で裂かれる。アリアの死霊はもちろん、ドラゴンリンの肉体であっても無傷では済まないだろう事は想像に容易かった。


「どうしたいんだ?」


 リンの言葉にハッとして、ユニリスタは彼を見上げる。


「ここから去って日常に戻るか。それとも、あの娘を救い出して平穏から遠ざかるか。どちらを選択しようと、そこに後悔が無いのなら迷わず進め。その先で何が起ころうとも、俺達はお前が決めた道を守り共に歩くだけだ」


 「そうですよ!」と、アリアが一歩前へ歩み出た。


「私達はいつだって、マスターの剣で盾で手足なのですから。あなたのためなら、私は国だろうと何であろうと怖くありませんよ。ぜーんぶ退かしてさしあげます」


 二人の頼もしい言葉に、自然とユニリスタから笑みが溢れる。

 すでに答えは決まっていた。


「三つ目の質問だ」


 その言葉に、ロコは少しだけ肩を揺らした。


「人として殺されるか、素材として殺されるか。お前はどっちの死に方がいい?」


 予想外な質問だったのか、ユニリスタの問に彼女は少し驚いたような反応をした。そして俯いたまま、密かに弱々しくほほ笑んだ。


「……ずるいな」


 諦めの中に少しの期待が混ざったような声で、ロコは言葉を吐き出した。小さ過ぎたその呟きは誰にも聞こえず、誰にも届くこともなかった。

 少し呼吸を整えると、ロコは力を振り絞り、顔を上げながらルガーノに手を伸ばす。そんな彼女に視線を向け、触れられまいとルガーノは体を引いた。

 ロコは叫ぶ。


「私はっ、人として死にたい‼‼」

「任せろ‼」


 ロコが作った隙は、アリアとリンの奇襲を成功させた。ロコの言動に気を取られたルガーノは、二人の接近にすぐ対処できなかった。僅かな遅れは大きな隙となり、アリアの死霊とリンの拳圧によって、押し出される形でルガーノはロコから離される。


「思ったより飛びませんでしたね」

「魔法で威力を殺された。もう少し力を入れても問題なさそうだ」


 いつの間にか、アリアとリンがロコを守るようにして立っていた。その顔には余裕の笑みが伺える。


「先に言っとくけど追い払うだけだからな。間違っても殺すなよ」


 遅れてやって来たユニリスタはそう言うと、ロコのそばで膝をついた。


「グッサリいってるなぁ。リン、回復――」


 言葉を遮るようにロコは手を伸ばす。袖を掴まれたユニリスタは、少し驚いた様子で彼女を見た。


「今の私に、回復魔法は効果がない。この傷を塞ぐには、使う魔力が大き過ぎて、逆に体内で無力化されちゃうから。だから、嫌かもしれないけど……」


 ロコはさらにグッと、ユニリスタの袖を掴んだ。


「私を、あなたの使い魔にして。使い魔として契約すれば、この傷を無かったことにできるでしょ」

「お前……何でそんな事まで知ってるんだよ」


 訝しげな顔をするユニリスタに、ロコは少し困ったように笑った。


「いつか話すよ。でも今は……助けて欲しいな」


 問い詰めたい気持ちはあった。しかし、今も出血が止まらないロコをそのままにはしておけない。ユニリスタは、ロコの体を支えるように抱きかかえた。


「リン、アリア」

「言われなくても!」

「任せておけ」


 刹那、強風が吹き荒れる。かと思うと、リンはアリアの前に出て拳を突き出していた。


「この剣を拳で止めるか。しかも傷一つついていないように見えるな」

「俺は止めることしかできないんだ。これ以上はお前を消し飛ばしてしまうからな。それと、傷はつかないのではなく――」


 背後から殺気を感じ、ルガーノは大きく横へズレるようにしてリンから離れる。直後、ルガーノのいた場所に、死霊による大剣の一撃が振り下ろされた。地面が軽く抉れる。


「あなたの風より、リンさんの回復力が上回っているだけですよ。まぁ要するに、あなたの攻撃が軽くて遅いんです」


 ユニリスタとロコから離すように、アリアは次々と死霊を呼び覚ましてはルガーノへ強襲させた。止まらない死霊の猛攻に、ルガーノは下がらざるを得ない様子だ。

 そうしてわずかだが、強風がユニリスタ達から遠退いた所で、彼はロコの手をそっと握った。


「始めるぞ」

「……いいよ、来て」


 弱々しく笑みを浮かべ、ロコは静かに目を閉じた。


「“ユニリスタ・ティル・クルトニスクが命じる――”」


 ユニリスタが言の葉を奏でると、呼応するように灰赤色の光が現れ、彼とロコを包みこんだ。

 遠目にその光を捉えた瞬間、ルガーノは逃げ続けていた足を止める。そして死霊達へ向けて手をかざした。


「“――死界の泉しかいのいずみ”」


 数え切れないほどいた死霊達が、一瞬にして次々と黒い球に飲み込まれた。宙に浮く無数の黒球は、音もなく不気味でである。

 闇魔法 死界の泉。対象を、半透明の黒い球の中に閉じ込める魔法。この球はあらゆる衝撃を吸収し、内にも外にもそれを届かせない。


「“我が使い魔となり――”」

「“――白疾風しらはやて”」


 ルガーノの足に、バチバチと痛い音を鳴らす電気が纏う。彼が足を踏みしめた瞬間、その身はユニリスタの目の前に到達していた。

 雷魔法 白疾風。術者、または対象者一人の移動速度を上昇させる白色の電気が、足元に帯びる。


「させません‼」


 ルガーノの一撃は、小さな体によって防がれた。


「“その命果てるまで力を奮え――”」


 二本のナイフが、風を纏う細剣を懸命に受け止めている。


「退け。お前では耐えられん」

「わかってますよ。ね、リンさん」


 直後、上から強い衝撃が落ちてきた。地面に膝をつくリン。その拳は地面に軽く埋まっている。


「避けられたか」

「ちゃんと狙わないからですよ」

「そうだな。だが時間は稼げた」


 立ち上がりながら言うリンの言葉にアリアは振り返る。


「“汝の真名は マギ=アスタ(魔を狩る者)”」


 ユニリスタとロコを守るように渦巻いていた光が、一瞬強く輝き消えた。それとほぼ同時に、ロコの体が小さな光の粒となる。光はユニリスタの胸元にある、黄緑色の宝石がついたペンダントへ吸われるように収まった。

 無属性魔法 人形使いにんぎょうつかい。あらゆる生命に真名を与え契約し、使い魔として使役する事が出来る。


「契約完了ですね!」

「そうだな。これで……」


 ユニリスタはゆっくり立ち上がると、挑発するようにルガーノを指差した。


「後はお前を追い払うだけだ。ルガーノ・トゥリール」


 まどやれると言わんばかりに、アリアとリンは前へ出る。ルガーノは、そんな彼らの様子を眉一つ動かさず見ていた。そして何を思ったか、突然細剣を納めた。


「単独で追うにはここが限界のようだ。悪いが撤退させてもらおう」


 無限の箱から、ロコに渡した物と同じような魔石と魔力ペンを取り出すルガーノ。


「ユニリスタ。次は私以外の者が追ってくるだろう」


 そう言いながら、彼は魔石にサラッと何かを書いた。


「殺されるなよ」


 言い終えると同時に魔石が輝く。咄嗟に目元を守ったユニリスタ達が次に目を開けた時、そこにルガーノの姿はなかった。


「……だ、誰が殺されるかバーカ!」

「そうです! 私がマスターを殺させるわけないでしょう、バーカ!」


 空へ向かって、ユニリスタとアリアは無駄に叫んだ。そんな二人を、リンはやや呆れた様子で見守っていた。






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