2話(6)






「“――マギ=アスタ”」


 ユニリスタのペンダントが一瞬光った直後、彼の目の前にロコが現れた。

 村の中で唯一そのまま残っていた石造りの建物内。ここは誰かの家だったのだろう。生活に必要な物はもちろん、住んでいた人達の趣味なのか、ラグやブランケットなどパッチワーク製の物が多くあった。窓際に飾られている鉢花は、その日から放置されたため、枯れかけがそのまま飾られている。

 そんな温かかった場所を、床に散りばめられたいくつもの蝋燭の明かりを頼りに、ロコはくるりと一周見渡した。レンズの隙間から見えるその目は、かつてユニリスタが見惚れた青色では無かった。契約により使い魔となった彼女の眼は、リンとアリアと同じ緋色をしている。


「傷は大丈夫か?」


 ユニリスタの言葉に、ロコはハッとして自分の腹を触った。服は血に塗れ穴が空いたままだが、傷口は塞がっているようだ。


「うん、もう大丈夫」

「そりゃよかった。じゃ契約破棄を――」

「待って」


 ロコへ伸ばしかけていた手をユニリスタは止めた。


「一応確認するけど、最初の依頼は達成済、だよね?」

「家に帰すってやつか? まぁ、ここに家があるんだからそうなるな」

「……じゃぁ、もう一つ依頼をしてもいい?」


 ユニリスタは手を引っ込め、リンとアリアに意見を求めるように目を向けた。だが二人は「今さら聞くな」とでも言いたげな顔をしている。


「どうぞ」

「七日……ううん、あと十日間、私と一緒にいてくれないかな?」

「居るだけでいいのか?」

「私から何かをお願いしたり、戦う事もあると思う。けど、そういうのは遠慮なく断ってくれて大丈夫。とにかく、十日間一緒にいて欲しい」

「まぁ、それくらいならいいか」


 ユニリスタの返事を聞くと、ロコはホッと胸を撫で下ろす。それから何かを要求するように彼へ手を差し出した。ユニリスタは首を傾げる。


「魔法使いなら、依頼届持ち歩いてるよね?」

「わざわざ書く必要あるのか? 前も口約束だったし今回も――」


 「ダメ」と、ロコは強く出る。その目には、執念のようなものさえ感じさせた。


「……しょうがねぇなぁ。“収め 納めよ 虚無の箱――”」


 やや面倒くさそうに無限の箱から紙を取り出すと、ユニリスタはロコへ手渡した。しかしまだ、ロコの手は差し出されたままだ。


「まだ何か?」

「魔力ペン貸して」

「いやいやいや。そこまでしなくてもいいだろ」

「魔力ペンで書かないと、依頼届これに刻印された魔法が発動しないでしょ。無いとは思うけど、仮に私があなた達に殺されそうになったら、助けてくれるのは依頼届これだけなんだよ」


 依頼届の裏面には、いくつかの術式魔法が刻まれている。これは依頼主と受注者の心身を守るために刻印されており、「即死防御」「未払い請求」「期日厳守」などがある。

 しかし少々不便な事に、これは魔力ペンのインクを使用して発動する仕組みとなっている。魔力ペンで依頼届を記入した時のみ魔法が発動するため、実際にこれを利用しているのは五割程度だ。しかもその大半は、大量の人や金が動く大きな依頼が占めている。


「信用ねぇな」


 諦めたように、ユニリスタは魔力ペンを差し出した。


「一日二日の付き合いで信用するなんて、ユニって実はお人好しのバカなの?」

「なっ⁉」


 思いもしない言葉に、ユニリスタは固まった。その様子にロコはクスリと笑う。


「冗談だよ。今のは昨日の仕返し」


 そう言って彼女は依頼届を書き始めた。


「これはやられましたね」

「くっそ〜……覚えてろよ」


 ユニリスタが悶々としている間に、ロコはスラスラと依頼届の空欄を埋めていく。どうやら書き慣れているらしい。ペンが止まったり、悩んだりする素振りは一切見られなかった。


「……はい。確認して」


 あっという間に書き終えた依頼届を、ロコはユニリスタへ渡した。


「日付、依頼内容、依頼主――」


 言葉にしながら、覗くように依頼届けを読むアリア。そんな彼女を横目にユニリスタも目を通していたが、ある項目でピタリと止まる。それはアリアも同じだったようで、いつの間にか読むのをやめていた。


「おい」

「何?」

「これ、どういうつもりだ?」


 ユニリスタは報酬の欄を指さしながらロコへ見せた。眉間にシワを寄せるユニリスタは明らかに不機嫌だ。


『依頼の契約期間中(十日間)に限り、依頼主と使い魔契約をする』


 報酬の欄には、ロコの字でそう書かれていた。


「そのままの意味だよ。契約期間である今日から十日間、あなたは私を使い魔として使える。言っておくけど、報酬の変更が出来ないように、裏面にチェックを入れておいたから」

「何でここまでするんだよ!」

「あなた達がまだ理解してないからだよ」


 ロコは、スッと真剣な眼差しをユニリスタ達へ向けた。


「私と一緒にいるという事は、いつ命を落としてもおかしくないのと同じ。ルガーノは手加減してくれたけど、次は会話ができる相手とは限らない。真っ先に、ユニの事を狙うかもしれない」


 ロコの言葉に、ユニリスタ達は黙って耳を傾ける。


「上手く伝わってないかもしれないけど、こんな厄介者に対して『助けたい』って気持ちを抱いてくれて、今も一緒にいてくれてる事が凄く嬉しいの。だからこそ、私は私なりに三人を守りたい。そのためなら、ルーチェとしての私を利用してくれてかまわない。これが、私が私を報酬にした理由」


 ロコの言葉にも、緋眼となった目にも迷いは見られない。その真摯な姿に、ユニリスタはとうとう完全に折れるしかなかった。


「……十日間だけだな?」

「そうだよ。ついでに言うと、延長も出来ないようにチェックを入れてある。十日間で、私とあなたの契約は切れるよ」


 ロコの答えに、ユニリスタは大きく息を吐いた。


「約束して欲しい事がある」

「何?」

「一つ、殺しをしない事。二つ、命を粗末にしない事。三つ、俺がいない所でトラブルを起こさない事。この三つは必ず守ってもらう。一時的な契約とはいえ、俺の使い魔である限り絶対にだ」

「わかった」


 ロコがしっかりと頷いた事を確認すると「最後に」と、ユニリスタは口を開く。


「お前の村を壊したのは、ルーセンドルプ帝国の騎士。この認識で合ってるか?」


 コクリ、とロコは頷く。


「そうだよ。それもただの騎士じゃない」


 ロコは少し俯き、静かに拳を握りしめた。


「帝国騎士団魔法師長フェーマン・ウッド。この魔法師を中心とした、皇帝を支持する派閥。その騎士達によって、この村は殺された」






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