2話(4)






 二人が店に戻ると、テーブルの上には食べきれないほどの料理が並んでいた。メインからデザートまで何でも置いてあるが、リンとアリアはそれぞれコーヒーと紅茶を飲んでくつろいでいる。


「あ、おかえりなさいですね」

「これ、全部お前らが頼んだのか?」


 顔をひきつらせるユニリスタに、アリアはぶんぶんと首を振る。


「いえ、お店の方が『さっきは悪かったな。兄ちゃんが隠したくなるのもわかるよ』『余った分はこっちで食べるから、好きに食べてくれ』と言いながら運んできてくださいました」

「なんだそういう事か」


 ホッと胸を撫で下ろし、ユニリスタは席に着いた。


「あ、帽子買ったんですね。なんだかおじさんぽいですが、マスターが選んだんですか?」

「俺じゃねぇよ」

「え、じゃぁあなたの趣味ですか?」


 椅子に座り、パンを手に取ろうとしていたロコの手が一瞬止まる。


「目立たない感じの方が良いと思って」

「言われてみれば……確かに、その帽子は地味で目立たなそうで良いと思います。おじさんぽいですが」

「おじさんは余計だろ」


 そう言ってユニリスタは、目の前にある魚料理を口にした。それは煮込み料理の一種のようだ。とろみのある茶色いソースに浮かぶ魚は、フォークを優しく入れるだけで身が解れ骨まで軟らかい。味付けは濃く、用意されているパンと相性が良いようで、ユニリスタはパンにソースをつけて食べている。


「食事中失礼する」


 その声にユニリスタ以外の手が止まった。三人が目を向けると、銀の鎧をまとい腰に剣を下げた騎士が数人、ユニリスタを囲むようにして立っていた。


「我々は帝国騎士である。貴殿は魔法使い、ユニリスタ・ティル・クルトニスクだな?」

「何かご用ですか?」


 ユニリスタに代わってアリアが答える。騎士はチラリと彼女を見てから、剣帯に着いている筒状の袋に手を伸ばした。そしてそこから巻かれた紙を取り出し広げて見せる。


「出頭命令。ユニリスタ・ティル・クルトニスク、及びその使い魔二体に告ぐ。貴殿らは、七月二日帝都にて発生した誘拐事件の容疑者として、事情聴取のため帝国騎士に同行する事を命じる。なお、貴殿らの抵抗は妨害と見なし、帝国騎士は武力による鎮圧と拘束を実行する。帝国騎士団魔法師長 フェーマン・ウッド」


 読み終えた書状を丁寧に巻き直し、騎士はまたそれを筒状の袋へ戻す。

 意外な事に、騎士が居ても店内は賑わったままだった。入店時に店員が話していたように、ここは時々騎士団のお世話になっているらしい。店員も気にせず仕事をしていることから、このような光景は珍しくないようだ。


「立て。無駄な抵抗はせず、大人しく同行せよ」

「…………くくっ……あっはははは!!」


 一人黙って食事をしていたユニリスタが、突然大声で笑い出した。その様子に店内が少しだけざわつく。


「聞いたかお前ら、俺達誘拐犯だってよ」


 まだ笑いを抑えきれないユニリスタに、リンは少し呆れた様子で、アリアは口元を緩ませ答える。


「そうらしいな」

「困りました。とんでもない勘違いをされてますね。どうしますかマスター」


 問われたユニリスタはコップを手に取った。そして中身を一気に飲み干し掲げる。直後、それを見つけた店員がユニリスタ達の席に駆け寄って来た。


「これをもう一杯。それと……」


 ユニリスタはニッと笑ってみせた。


「悪いな店員さん、少し騒ぐぞ」


 その言葉に騎士達は武器に手をかける。


「リン、アリア。そいつら全員追い出せ」


 刹那――アリアはナイフを手に騎士に襲いかかった。目にも止まらぬ早さで、次々と騎士の足を中心に狙い崩していく。立てなくなった騎士はテーブルや客に倒れ込み、店内を散らかした。そんな彼らをリンは丁寧に抱えると、店の外へ放り投げていく。


「と、止めろ! どんな事をしてでもやつらを捕らえろ!」


 掛け声と共に外から増援が来るも関係ない。力の差は歴然だ。


「嬢ちゃんやっちまえー!」

「騎士殿もがんばれー!」


 いつの間にか、戦闘を目の当たりにしている店の客達が盛り上がっていた。頼んだ料理が散らかろうと、自身に人や物が飛んでこうと構わないようだ。


「何であいつらが盛り上がるんだ……。っていうか、何でお前は落ち着いて飯食っていられんだよ。普通は止めるだろ」


 その疑問に、ロコは食事を続けながら淡々と答える。


「昨日のあなた達を見て、無茶な事をする人達だとわかった。それなりに強い事も、こういう時止めても無駄だって事も、何となくわかった」

「ふーん、たったあれだけでねぇ……」

「何?」

「いや、俺達の事よくわかってるなぁって。実はどこかで会ってたりしてな」


 そう笑って話すユニリスタ。一方ロコは、コップに口をつけようとしたが一瞬止め、コンッと強めにコップをテーブルへ置いた。


「もしもどこかで出会っていたら、あなた達みたいな問題児に関わろうなんて思わないよ。絶対に」


 ユニリスタと目を合わせること無く、コップの中身を見つめながら冷たくロコは言った。それから二、三口中身を飲むと、彼女は静かに食器を手に取り食事を再開した。


「確かにな。俺達の客に二度目はない。ましてや、指名されるなんて話は欠片もされた事――」


 バギィィィ!! と派手な衝撃音が二人の間を裂いた。話を遮るように飛んできたのは騎士。彼は直前までユニリスタ達が使っていたテーブルを連れ、壁に激突したようだ。全身に料理を浴び、壊れたテーブルを背に気絶している。

 幸い、ユニリスタとロコに怪我はなかった。被害と言えば、服に少しソースなどの液体が付着した事と、料理が台無しになった事。


「すみませーん。そっちに飛んじゃいましたー」


 少し離れた場所から、アリアがナイフを持ったままユニリスタの元へ駆け寄って来た。アリアは消えたテーブルとその行方を見るなり、そっと頬に手を当て困ったように言った。


「あら、お料理が台無しですね」

「『あら』じゃねぇよ! 何してんだお前は!」


 行き場を失ったフォークを、怒りと共にユニリスタはアリアへ向ける。


「何って、ご命令通り騎士を店の外へ追い出してます」

「出口と反対に飛ばしてどうするんだよ!」

「飛ばすつもりはありませんでしたよ。ですがご覧の通り――」


 そう言いながら、アリアはくるっと振り返りつつ、自身の背後に迫っていた騎士に蹴りを入れた。幼女の力とは思えない蹴りに飛ばされた騎士は、柱に体を打ち付ける。そんな間にも増援が現れ、絶え間なくアリア達へ斬りかかろうとする。


「倒してもキリがないので、どうしても処理が雑になってきてしまうんです。どうしましょうか?」


 話しながらもアリアの動きは止まらない。その幼い体で、襲ってくる騎士達を次々と制圧していく。


「どうするったって、俺もロコもまだ――」

「ごちそうさまでした」


 ロコはそう言って立ち上がると、手にしていた食器を座っていた椅子の上に置いた。


「え、もういいのか?」

「いいも何も、この状況で食事を続けるなんて無理でしょ」

「けど好きなだけ食べていいって言われたんだぞ? もう出るなんてもったいなくないか? リンとアリアなら心配ないし、もう少しくらいいても大丈夫だろ」


 その言葉に、彼女は呆れたようなため息をつく。


「……周りを見て」


 ロコにそう言われ、ユニリスタはざっと周囲を見渡した。

 騎士と戦うアリアとリン。戦闘を煽るように観戦する客。そんな状況でも気にせず仕事をする店員。そして、嵐が来たかのように荒れていく店内。――そんな景色がユニリスタの目に映った。


「おぉ……結構荒れてるな」

「そうだね。で、誰がお金払うの?」

「金?」


 ユニリスタは首を傾げる。


「これだけお店の中を壊したんだから、あなたか騎士団が修理代なんかを払わなきゃいけないでしょ。まさか、ご飯のついでに見逃してくれるとでも思ったの?」

「それは……」


 険しい視線を送るロコから、ユニリスタは静かに視線を逸らした。その様子に彼女はまた一つため息をつく。


「一応聞くけど、お金は持ってる?」

「ま、待て! 金はあるけどそんな余裕はないぞ! 俺達はその日暮らししてるようなもんで――」

「例え少ないお金でも、払わないで出て行くよりはいいと思うよ」


 「それに」と、ロコは静かに続ける。


「このお店は騎士に対して悪い印象があまりないみたいだから、敵に回せばよそ者の私達を捕まえる手伝いをするかもしれない。そうやって関係ない人達を巻き込みたいなら、好きなだけ食べた後に出ていけばいい。でも、もしあなたがそれを望まないなら、出来る事をしてから出た方が良いと思う」


 騒がしいはずの店内で、ユニリスタにはロコの声がはっきり聞こえていた。どちらかと言えば彼女の声は弱い。それを何の溢さずに聞き取れたのは、ユニリスタに強い聞く姿勢があったためか。あるいは、声にも魅せられたためか――。

 ユニリスタは面倒くさそうに息を吐くと、懐から小袋を取り出して見せた。


「二日分の生活費が入ってる。これで面倒な事になったら恨むからな」

「いくらでも」


 席から立ち上がると、ユニリスタは黙ってロコの手を取り引いた。それから軽く辺りを見渡すと、少し離れた場所でおろおろしている若い店員に目をつけ、軽く声を掛けながら小袋を押し付ける。


「迷惑かけたな、ごちそうさま」


 そう言ってユニリスタは、リンとアリアを呼びながらそそくさと店を出ようとした。当然騎士はそれを阻止しようとしたが、リンとアリアが許すはずもなく。

 そうしてユニリスタ達が騎士を連れ出す形で店が静かになった頃。小袋を渡された若い店員はハッとして、ようやくそれの中身を確認した。


「……全然足りねーよ」


 とうに店を去ったユニリスタ達に、その悲しい声はもう聞こえない。

 小袋の中身は硬貨が三枚。銀色で六角のそれには花の絵が描かれており、中央に穴が空いている。魔法使いが二時間ほど働けば稼ぐ事ができるが、少し贅沢な物を食べればすぐに消えてしまう。それが、六花フラウと呼ばれる銀貨三枚分の価値である。






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