2話(3)






「らっしゃい! 好きに座りな!」


 いくつもの威勢の良い声が店内に響く。昼時という事もあって、中は人で溢れていた。辛うじて空いている席が見えるものの、人の間を縫っていくのは大変そうだ。

 ユニリスタ達は空いている席へ向かおうとしたが、ロコの前に体格の良い店員が現れ行く手を阻む。


「悪いなお客さん。この辺りは少々荒くれ者が多くてな。ここで飯食いてーなら、そのフード取っちゃくれねーか?」

「別にフードくらいいいだろ?」


 ユニリスタがそう言うも、店員は腕を組み折れる気配がない。


「顔が見えねーやつに食い逃げでもされたら、こっちゃお手上げなんだわ。軽い帽子くらいならまぁいいが……分かってくれや」


 ユニリスタはちらっとロコに目を向けた。

 それで前が見えているのかと聞きたくなるほどに、彼女は深くフードを被っている。これでは店員が怪しむのも無理はない。だがロコの容姿が珍しいのは確かな事だった。ユニリスタがそうであったように、一度見れば目が離せなくなる。彼女はそんな視線から自身を守るために、フードを被っているのかもしれない。

 そんな事を考えながら、ユニリスタは店の出入口へ足を向けた。


「わかった。邪魔したな」

「……待って」


 その声にユニリスタは歩みを止めた。ロコはフードに手をかけると、そっと外して見せる。


「これで、いいですか?」


 店内が静まり返った。やはり金髪と青眼は目立つようだ。話し声も食事の音も、そして視線も。全てがロコによって奪われていた。

 そんな中でユニリスタは、固まっている店員の腕を叩きお金を握らせた。


「悪いけど、そいつらを先に案内してやってくれ。リン、アリア。先に何か頼んどけ、すぐ戻る」


 そう言ってロコにフードを被せると、ユニリスタは彼女の手を引いて店を出た。


「な、何?」

「いいから」


 戸惑うロコを強引に連れ、早歩きで向かったのは帽子屋。そこには、派手なものから簡素なものまで、様々な帽子が商品棚だけでなく、壁一面にも飾られていた。


「え、あの」

「どれか選べよ。好きなの買ってやる」


 その言葉にロコは「あぁ」と何かを察したような顔をした。


「さっきの事なら大丈夫。あんな反応、そのうち慣れるから」

「お前が良くても俺が嫌なんだよ」

「でも……」

「報酬として数えてくれていいから。お前が欲しいと思った帽子を教えてくれ」


 どうやらユニリスタの一歩も譲らないといった姿勢に負けたらしい。渋々といった様子でロコは店内を歩き始めた。といっても、彼女は今の服装に合う女性らしい物には目もくれなかった。何の装飾もない、苔色のキャスケット帽を手に取りユニリスタへ渡す。


「これでいいのか? 色も暗いし何の飾りもねぇけど」

「これがいいの。ダメだった?」

「いや、欲しいと思ったんならいいんじゃねぇの」


 ユニリスタはその帽子を購入し、ロコへ渡そうとしたが「待った」と言いながら引っ込めた。鞄から灰色の液体が入った透明なペン――魔力ペンを取り出すと、帽子の裏にロコの名前を書く。


「何それ?」

「こうして魔力で名前書いときゃ、例え置き忘れても場所がわかるだろ」


 「ほらよ」と、ユニリスタはロコへ帽子を被せる。


「私、魔力なんてわからないよ」

「そん時は俺が探してやるから、ちゃんと金用意しとけよ。それから……

“収め 納めよ 虚無の箱――”」


 言葉に反応して、ユニリスタの目の前に黒く四角い箱が現れた。

 無属性魔法 無限の箱むげんのはこ。黒く四角い箱を出現させ、中に物を収納する事が出来る魔法。

 ユニリスタはそこから、自身がかけている物と同じ眼鏡を取り出しロコへ渡した。


「その眼鏡かけておけば、目の色も目立たなくなるから貸してやる」


 ロコは眼鏡を受け取るとすぐにかけた。レンズ越しの眼は、ユニリスタと同じ灰色だ。レンズ越しでなければ眼の色を欺く事ができないものの、有るのと無いのとでは印象がまるで違う。少なくとも、先ほどのように人を惹き付ける事は防げそうだ。


「違和感ないか?」

「大丈夫」

「よし、さっきの店に戻ろうぜ。リンとアリア置いてきちまったしな」


 そう言って店を出ようと振り返るユニリスタの背中へ、ロコは小さく呟いた。


「……ありがと」






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