2話 追われる少女


 冷気が頬を掠り、癖の無い栗色の髪が僅かに梳かれた。直後、青年の背後にある柱に氷のつぶてが当たり、その一部を凍てつかせる。


「避けてばかりじゃ練習にならないわよ?」


 そんなことを言いながら、女性は桃色の眼で青年を優しく捉えた。

 長い前髪は横に垂れ流し、後ろはお団子。髪色は煉瓦に近い彼女の名はルーテ・トルムーニ。勇者一行の一人である。


「いやー、わかってるんだけどやっぱり怖くてさ」


 梳かれた部分をそっと撫でつつ、薄い黄色の眼で不安を訴える彼の名はレイン・フォルタルト。彼もまた、勇者一行の一人だ。


「的を固定してた時は出来たんだから大丈夫よ。あとは、あなたの勇気ね」

「……そうだな。うん、頑張らないと!」


 レインはグッと剣を構える。トルムーニもまた、杖を構え言の葉を奏でた。


「“此方は神に愛された 冷なる縛に震え悦喜せよ――氷神の口付けひょうじんのくちづけ”」


 氷魔法 氷神の口付け。氷のつぶてを飛ばし、当たった場所を凍結させる魔法。

 拳よりも大きな氷の塊が一つ、トルムーニの持つ杖から放たれた。まっすぐに迫るそれを見定めたレインは、僅かに剣の角度を変え――思い切り振るった。レインの手に確かな感触が伝う。二つに割かれたつぶては、無音で形を崩していく。溶けているわけではない。崩れた氷は砂になっていた。チリチリと小さくなっていき、床へ落ちる前に氷は形を失った。床に残されたのは、そこから散った白い砂だけ。


「や……やった! 斬れた!」


 両手を上げて喜ぶレイン。その様子に、トルムーニも微笑んだ。


「よかったわねぇ。でも、数を増やしたらどうなるか……」


 いつの間にか、トルムーニの周囲に幾つもの氷のつぶてが浮かんでいる。大きさも形も様々で、何処から飛んでくるのかも予想ができない。その存在に気付いたレインは、すぐに剣を構えニヤリと笑んだ。


「よっし来い! さっきので何となく掴んだ!」

「そう来なくちゃね!」


 瞬間――レイン目掛けて氷のつぶてが一斉に降り注いだ。剣を振るうタイミングを伺うレイン。しかしそれを遮るように彼の前に人影が現れ、つぶてを全て防いで見せた。


「……お二方、少々熱くなり過ぎですぞ」


 重厚な盾を軽々と振り回し背負うその男。茶髪に黒眼を持つその者の名はバルト・クラストフ。彼も勇者一行の一人だ。


「バルト!」


 レインは嬉しそうに笑うと、そっと剣を収めた。


「もしかして会議終わったの?」


 目を輝かせながら言うレインに、バルトは少し呆れたような顔をしながら答える。


「その準備が整ったので呼びに来ました」

「なーんだ、これからか」


 口元を尖らせ、分かりやすく不貞腐れるレイン。彼と似たような雰囲気を、トルムーニもまた醸し出していた。

 

「私、会議とか堅苦しいの苦手なのよね」

「俺も苦手だなぁ。なぁ、バルトとアンナに任せちゃダメ?」

「なりません。お二方にも参加して頂かなくてはならない議題です」

「えぇー」

「さ、行きますぞ」


 渋々歩くレインの背を、バルトは優しく押す。そんな二人の後ろで小さなため息を着くと、トルムーニは「仕方ない」といった様子でその背中にゆっくり着いて行った。






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