第20話愛ちゃんの死

20,愛ちゃんの死


愛ちゃんの場合は違った。


夜11時ごろ仕事から戻ると籠の床に落ちているのを見つけた。


留守の間に死んでしまったんだと思い籠から取り出して掌に載せてその体を撫でた。


二十年近くの間、心を癒してくれて有難うと声に出して言いながら


その頭をなでると気のせいか目を開ける。


まだ生きていると思った私は「愛ちゃん」と声を掛けた。


するとまた目を開ける。


身体は既に硬直して足など突っ張っているのに声を掛けて撫でる度に目を開ける。


目も耳もまだ生きているのだと思い、感激した。


私が帰って来るのを待っていてくれたと思った。


それでも10分程度で逝ってしまうと思った私は愛子ちゃんを両手に抱えて


何度も名を呼んでお礼を言いながらその死を見守ってあげようと思っていた。


今までどれほど心を救ってもらったか、寂しい心の隙間を埋めてもらっていたか。


旅行にも出かけ一緒に温泉にも入った。


色々と思い出しながら臨終のときを待ったのだが中々旅立たない。


冬の日だったので冷えが辛くなってきた。


すぐにお風呂に入るつもりだったのでストーブも付けていなかった。


お風呂は沸いて入れるのだがせめて今までの感謝の印に最期を看取ろうと思った私は


愛ちゃんを手に載せたままストーブをつけて椅子に座った。


長期戦になっても良いように準備したのであった。


結果的には良い判断だった。


一時間たっても2時間たっても掌の上で撫でながら名を呼ぶと愛ちゃんは律儀に目を開ける。


さよならの時間を神様が作ってくれているんだと思い有難かった。


でも、少しばかり永かった。


老衰とはこういう事なのだろうか体は死んで仕舞っているのに精神は生きている。


ゆっくりと死を迎え別れるための時間を持たせてくれる。


残される者の心の安定の為に人間もペットも変わりないと思った。


逝くものと残される者の心を納得させる時間が必要なのである。


夜中2時を過ぎても愛ちゃんは呼びかけに答えた。


明日の事を考えて冷めたお風呂を沸かしなおして入ることにした。


でも、お風呂に入っている間に愛ちゃんが逝ってしまったら


何のために見守っていたのか意味がなくなると思い片手に乗せながらお風呂に入った。


3時になっても愛ちゃんは召されて行かない。


睡魔に勝てずベッドの枕の横に愛ちゃんの寝床を作り、そこへ寝かせた。


そのころには私の呼びかけに対して目を開けるという唯一の反応が鈍りはじめていた。


いつの間にか私は眠りに落ち朝の7時に目が覚めた時には


当然のように愛ちゃんは逝ってしまっていた。


本当の最後の時を見守れなかった事に少し悔いはあったが


愛ちゃんのインコとしての人生を幸せにしたという自負はあったので哀しみは少なかった。


桃太郎が心配していると思って愛ちゃんの死を知らせるために籠の前に寝かせた。


朝から愛ちゃんのいないのに気が付いたのか桃太郎の鳴く声がうるさかったからである。


しばらく動かなければ諦めるだろうと思っていたのだが考えが甘かった。


昼すぎに庭に埋めようと白い布に包んで持ち出そうとすると


「ピー1ピ~!」と耳をつんざくような声で鳴く。


仕方なく元に戻しておく。


それを見て桃太郎は満足したように「モモチャン、オハヨウ,コンニチハ」を繰り返している。


愛ちゃんと違って桃太郎の方が情が深いのだろう。納得するまで待つことにした。


インコにも夫婦愛はある。


愛子の気持ちは別にして桃太郎の愛子を愛する気持ちはただならぬものがあった。


恋の季節が来ると私の手や足に嫉妬して攻撃してきた程である。


結局、桃太郎が愛子の死を受け入れたのは一週間程あとだった。


この日から桃太郎は独身のまま今日まで来たのである。





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