第49話 火と風

 「うおおおおおお!!」


「キャ、ア、ア、ア、ア!!!」


「リリス!!」


白いミュー馬がリリスを追って、崖から飛び込む。


「馬が!」


「ギャオッ!!リーリ!」


ビョオオオオオ!!


リリスを追う馬の姿が風を切り、神々しく光を放つ。

そしてその光りは次第に人の姿を取り、白いドレスをまとった長い白髪の美しい女性へと変わった。


「我が愛し子よ」


落ちてゆくリリスの身体が宙に舞い、フワリと女性の手の中へと抱きしめられる。

女性は愛しそうにリリスの頬に頬ずりしてキスをすると、フレアゴートの前に飛んできてそのまま宙に浮き睨め付けた。


「フレア!お前は何をしたかわかっておるのか?

この子をここまで追いつめた、お前の真実こそ罪と知れ!」


「セフィーリア、何も語らなかったお前自身にも罪がある!

愛する巫女、リリサレーンを失った悲しみ、その魂の純潔さえ汚された悲しみ・・

お前などにわかるものか!」


「わからぬ!真実こそ正義と疑わぬ、お前こそを偽善者という!

人の子が親に認められぬ辛さがわかるか?

知らねば苦しむこともなかった!許さぬぞ!」


ゴオオオオ!!ビョオオオオオ!!


白髪を風に巻き上げ、金の瞳を燃え上がらせてセフィーリアの顔が怒りの表情を露わにし、嵐のように風が吹き荒れる。


「あの馬!まさか御師様?!まさか!」


「あれはリリスの師、風のドラゴンだ!」


「ええ!御師様、ドラゴンの一人だったの?!」


「聞いてないよ!きゃっ!」


「伏せろ!吹き飛ばされたら死ぬぞ!」


ザレルの叫びに、皆がその場に伏せて地面にしがみついた。

フレアゴートの炎が、弱まる気配も無くまた勢いを増して風に乗り巻き上がる。


「ようやく!ようやくリリサレーンがこの世に転生したのだ!

我が巫女の幸せ!我が叶えずして何とする!」


「この子はリリサレーンとは違う!

この子にはこの子の幸せがあると何故わからぬか!目を覚ませ、この子は巫子ではない!」


二人のドラゴンが、火花を散らして睨み合う。

それはいくつもの竜巻を起こし、この山の至る所に火を放って、木を根こそぎ抜き取り、土砂さえ巻き上げるほどに凄まじさを増していく。


「お前達、そこまでじゃ。」


いつの間にか地のドラゴン、グァシュラムドーンが、フレアゴートの頭上にいつもの用務員姿で浮いている。


「爺さん!浮いてるううう!」


「グァシュラム!」


二人のドラゴンがそれに気が付くと、スウッと火と風が嘘のように止んで辺りに静けさが戻った。

爺は、ニッと笑ってフレアゴートの前へ宙に浮いたまま滑り寄り、そして諭すように静かに語りかけた。


「フレアよ、お前が愛したリリサレーンは、巫子としての力が強すぎた。

それはお前の愛が強かった証じゃ。

しかしそれを悪霊に利用されたのはお前のせいではない。

確かに、わし等の力で解放できただろう彼女を殺したのはあの時の王であったが、いかに取り憑かれていたとはいえ、彼女は罪を犯しすぎた。」


「しかし!殺すことはなかった!」


「そうだ。しかし、彼女は王の娘。

それが知れるとせっかくの復興に水を差す。

人間は弱い生き物じゃ。心は風のように右へ左へと向きを変える。

だからこそ、彼女はこの国のために命を落とした。そう思えぬか?フレアよ。」


「わかっている!わかっているとも。あれは、死ぬとき微笑んでいた。

全てを諭して・・あれは、喜んで死んで行ったろう。」


「彼女の願いは平和と人々の幸せ。

なのに今のお前は、国を乱してリリスさえ苦しめようとしているのだぞ、わからぬ訳があるまい?」


「わかっているとも!しかし・・リリスをないがしろにした、今の王家が許せぬのだ!

これから先も、我が巫子のあの美しい赤き髪と瞳を持つ子が、不幸な道を歩むのかと思うと気が狂いそうだ。」


フレアゴートの脳裏には、幾百年が過ぎようとも彼が愛した巫子の美しい姿が焼き付いている。

それは時がたつ事に美しく昇華し、そして自分を責め立てるのだ。

グァシュラムが彼の気持ちを察して、キアンの前に立った。


「キアナルーサよ。

真実を口伝で知るアトラーナ王は、赤き髪と瞳を持つ者を保護する義務があると思わぬか?

それが全ての罪を被って死んだ巫子への礼儀であり、あの時の王の願いではないのか?

それでなければ口伝として真実を残した意味がない。

お前の父王は、思いがけぬ我が子の姿に務めを見失ってしまった。

このような事、二度とあっては我ら精霊は巫子に顔向けできぬ。」


「は、はい、僕も父のしたことは許せません。

過ちは直すべきです。しかし、それは・・」


「わかっている。

リリスも言うたはず、国を乱してはならぬと。

お前に何が出来るか考えよ。」


「私に、何か出来るでしょうか?」


「それがこれからのお前への宿題じゃ。

リリスがこれから、穏やかに笑うて暮らせたら、満々点よ!のう、セフィーリア!」


ふわっと、リリスを抱いたセフィーリアも下りてきた。

皆もその場にとうとう座り込む。

そしてセフィーリアに抱かれるリリスの無事に、ホッと胸をなで下ろした。


「フン!人間にどこまで出来るかしら?!

ああ、リーリ可哀想に!だから私は反対だったのよ!

もう!危なくなったら王子なんか放り出してきなさいって、あんなに言ったのに!

もう!もう!もう!!この子ったら!」


王子を放り出せって・・なるほど、聞きしにまさるチョー過保護ぶりだ。

まさか馬に化けて付いてきたとは。

あんぐり見つめるアイ達をよそに、セフィーリアはリリスをここぞとばかりギュッと抱きしめ、舐めるようにすりすりしている。


「さて、フレアゴートよ、いかがする?」


「王などどうでも良い、これが幸せであれば。」


本当は皆、ドラゴン達はリリスを王にしたいに違いない。

しかしそれがリリスをここまで追いつめたのだ。雰囲気が、キアンを認め始める。

ザレルは思わずグァシュラムに叫んだ。


「お待ちを!リリスは!リリスは確かに生まれついての王でございます!それを・・!」


「お前の気持ちも分からぬではない。

しかし、これは王を臨んではいない。

これはただ、両親を知りたかっただけなのだ。

ザレルよ、心は自由じゃ。しかし現実を見よ。」


ザレルががっくりと項垂れる。

そうだ。リリスは、自ら傷つきながら言ったではないか。

国を乱してはならぬと・・


「リリスは我らが子、そしてリリスには我らこそが親じゃ。

のう、フレアよ、それでよいではないか。」


ヴァシュラムの言葉に、フレアゴートが無言で頷く。


「あら、私はどうしようかしら?私の大切なリーリをこんな目に遭わせてくれて。」


セフィーリアはムッとしている。


「ほっほ!お前が一番この子の気持ちは分かっているであろう?」


「ふん!人間なんて、この子以外は大っ嫌い!」


「よく言う、一番人に接しているお前が。」


「この子の為よ、私達にはほんの一瞬過ぎ去ってゆく時間ですもの。何も惜しくないわ。」


グァシュラムはにっと笑い、キアンに歩み寄りその手の中のラーナブラッドに手を添えた。

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