第48話 王位継承者
「は?」
一体急に何を言われるのか、キアンとリリスが戸惑って顔を見合わせる。
「わしは、虚偽と誤魔化しを最も嫌悪すると知らぬのか?
アトラーナ王は、わしさえ騙し仰せると思っておるのか?
何と浅はかな人間よ。」
「あの・・フレアゴート様。よく、分かりかねますが・・」
ゴオオオッ!
火の強さがますます増して、その火の中から、火をまとった大きな獣・・まるでライオンのようなたてがみと一角獣の角を持つ、鹿に似た動物がぬっと現れた。
血のような赤い目でギロリと見回して、フフンッと火を交えた息を吐く。
想像したドラゴンとは随分違う。
「きょわい・・」
アイが思わず呟いた。
しかし、彼の口からは次にとんでもない言葉が飛び出したのだ。
「リリスよ、お前こそ真の王位継承者。
お前達は双子であったが、その者よりもお前が早くこの世に生まれ出た。」
「えっ!」
リリスも驚いたが、愕然としたのはキアンだ。
「リリスが?兄だと?何を馬鹿な・・似ても似つかぬ、これが双子の兄だと?」
「そうだ、お前達は間違いなく双子。
王は、赤い髪とその瞳の色にうろたえ、長子のお前を処分しようとした。」
「まさか!父上がそんな事をなさるはずが!」
「したのだ。しかし殺すのは忍びないと、王妃がセフィーリアに預けた。
たかだか先祖返り、真を隠そうとした、愚かな事よ。」
「まさか・・まさか・・そんな無慈悲な・・」
「無慈悲だと?その通りではないか!
人間は我が子でさえ都合が悪くなれば悪魔とそしり、生まれてすぐに殺そうとさえする!
お前達人間の身勝手さをわしは決して許さん!」
グオオオオオォォォ・・・
フレアゴートの声に咆哮が混じり、怒りがビリビリと伝わる。
彼が何故、その事でこれ程怒っているのか見当も付かない。
歴史に覆い隠された真実など、まったく知らずにここへ来たのだ。
「ウソだ・・ウソだ!王子は僕だけだ!」
キアンがうろたえ、大きく頭を振る。
しかしリリスはぼんやりと目を見開いて、呆然とフレアゴートを見つめていた。
何か、違う。
何か、思っていたのと違う・・
リリスに野心はない。
ただ、両親を知りたかっただけだ。
その両親がこんなに近くにいたなんて・・
しかし、どんなに思い返しても初めて会った時、白い布の向こうの両親の目は、一度もリリスを見てはくれなかった。
その全てはキアンに優しく向けられ、一度も真っ直ぐに見てくれなかったのだ。
知らないはずはない。
疎ましかったのだろうか・・見たくなかった、会いたくなかったのだろうか・・
それなら・・どうして・・・私を・・
出立式の以前にも城へは登城を一切許されず、王子にお会いしたのも式が初めてだった。
頭に布をかぶせられても、身分の低い自分が、あのような式に出られただけで嬉しくて緊張で舞い上がり、もしやと父と母らしき人を捜して周りばかりが気になったのが、今では滑稽にも思える。
ずっとずっと、そうして・・ずっと両親を捜して・・
私は・・捨てられた・・のに・・私は・・
一体・・何を、捜して・・必死になって・・
捨てられたのに・・
御師様・・御師様・・リリスは・・・
ああ、御師様・・・・ああ・・寒い・・・
「何かリリスって、ラクリスに似てたもんね・・従兄弟だったんだ・・」
「そっか、御館様はだから・・」
「ねえ!先祖返りって何?キアンのご先祖様が赤い髪だったの?」
アイ達も思わぬ話に身を乗り出す。
しかし、フレアゴートは彼らの質問には答えなかった。
「リリスよ、お前がラーナブラッドを持つならば、わしは誓いを立てよう。
それが古よりの約定に沿う話しだ。しかし・・」
フレアゴートは真実しか話さない。
リリスはキアンの兄、そして本当の王位継承者だったのだ。
ザレルが剣に手をかける。
これが!これが王子に不利益な事と、王が言われた意味だったのか!まさかこんな事が!
しかし王命といえ、やはり切り捨てる事など出来ない!出来るはずもない!
自分を見失って狂獣と言われていた、あの、下卑た俺を救ってくれたこの小さな少年が、王だと?!
赤い髪と色違いの目、そんな理由でこの子を捨てたのか!たった、そんな理由で!
王よ!王よ!あなたは・・間違っている!
見よ!この成長した御子を!誰よりも・・・キアナルーサよりも!
たかが・・こんな色ごときで!
やはり、リリス!お前は・・王なのだ!
リリスよ!そうだ!私は・・その為なら・・!
ザレルの目が、泣きながら首を振るキアンに向き、そして・・右手が剣を握る。
ザレルの目がキラリと光り、彼の心が決まった、その時!
リリスがすらりとその場に立ち上がった。
そしてまた、にっこり微笑んでフレアゴートに一礼する。
一体、何をなされる?!
ザレルはその姿に不安を覚えながら、それでも火に照らされて輝くその美しい横顔を見つめた。
「フレアゴート様、私は慈悲深い風のセフィーリア様に養われた、ただの親無し子、拾われ子でございます。
普通なら下働きの召使いとなるところを、御師様のおかげでこうして王子の従者となり、夢のような仕事に光栄でございました。
王子はこの先アトラーナの王となるお方、それを皆様が臨んでおられます。
私など、こうして生きてはおりますが、あって無き者。その話が真実としましても、誰も私が王になることなど臨んではおりません。
フレアゴート様、どうぞキアナルーサ様にお誓いを立ててくださいませ。
王も決して皆様を騙した訳ではありません。
私は、その為に従者となったのだと、ここに来たのだと、今、分かりました。
私に出来ることは、私の真の使命はただ一つ。
王もきっとそれをお望みと思います。
キアナルーサ様は、間違いなく第一位の王位継承者なのでございます。」
リリス!まさか!
ザレルが身を乗り出す。
その、一瞬の出来事だった。
リリスは変わらぬ美しい微笑みをキアンに投げかけ、くるりときびすを返した。
「リリ・・」
ザレルが、リリスの手を掴もうと手を伸ばす。
しかしリリスは、まるで風の様にその手をすり抜け、何の迷いもなくコートを翻し、鳥が空へ飛び立つように崖から飛び降りた。
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