第45話 使命

 ベスレムの中心部よりずっと南下して隣国との境を作るその山は、アトラーナでも活発な山だ。

昔から煙を吐いて、万病が治る湯治場として人々に愛されてきたこの火の山には、火のドラゴンが住むと言われている。

その恩恵を受けて敬う人々によって遙か昔、神殿が建ち、巫子が代々仕えて神事を行ってきたらしい。

だが、それも昔。

神殿が寂れてなくなったあとも、信心深い人々がほこらを建てて祈りを捧げていたが、それもいつしか消えていった。


山は、時折怒り狂ったように火を吐き灰を降らせる。

気難しい火のドラゴンは、人の幸せを拒み、緑を拒み、そして安寧を拒む。

そうつぶやいては降り注ぐ大量の灰から逃げるように居を移す人が多かった。

しかしこの十二、三年、その活動も落ち着きを見せて、灰が降ることも無くなってきた。


火のドラゴンも、やっと眠くなったのだろうと人々はホッとして山を見る。

見渡す限り灰色のモノクロの世界に、たくましい緑の息吹がちらほらと見える。

この地を愛する者には徐々に帰ってくる者も見られ、最近は徐々に昔の活気を取り戻そうと人々がまた湯治場を開いていた。



 タッタッタッタッタ・・


立ち枯れた木と、下草ばかりが生い茂る山道を、複数の馬の足音が入り乱れ、それでも何とか様になっている。

ゆっくりというわけに行かない。

疲れない程度に早足で、日も高くなる頃に何とか山を遠くに臨むところまで軽く走ってきた。

このままのペースで歩けば、夕方には山を登ったあと麓まで戻れるのだろうがそうはいかない。

短い周期で休憩を取るようにしているのだ。


異界人チームは馬に慣れていないから疲れるし、何しろリリスの身体が心配だ。

リリスは何も言わない、いつものようにただ微笑んで、大丈夫ですとしか言わない。

だからザレルが大事をとっていた。


タッタッタッタッタ・・タタッザザザッ・・


「水があるようだ、しばらく休もう。」


ミューミュー!ミューミュー!


立ち止まり、先頭の白馬が雄叫びを上げる。

すっかりリーダー馬だ。

しかしおかげで後ろの二頭も扱いやすい。


「おっととと・・はあー!疲れたあ!」


「なんか今までの道と違って、すっごく荒れてるね。あんまり人が通らないみたい。」


「うん、木も枯れてるしね。馬があって良かったよ。あ!ここ、水流れてる。飲めるよ!」


みんな馬から下りて、小さな泉からそれぞれ水を飲んで休む。馬はやはり猫科か、水を取った後すぐに丸くなって眠った。

「ねえ、向こうの山、灰色だよ。所々から煙り上がってるだけで何にもないじゃん。」

火の山は、遠目にはグレーで煙を吐いている。危険はないのか心配だが、それはキアンが行けるところなら大丈夫だろう。

何しろ王位継承者なのだ。


「あれ?リリスは?」


「ほら、白猫に抱かれて寝てるよ。

眠いって言うけど、しんどいんだよきっと。」


「こっち遅れてるよ、傷縫って終わりじゃん。

点滴無いし、薬は薬草煎じたのだけだもん。

あの片腕の奴も良く助かったよ。」


「うん、リリス命がけだったもんね。

あんな殺し屋に、人がいいも程があるよ。」


「まあね、顔見知りだからほっとけなかったんでしょ。いい奴じゃん。」


ザレルが水を持ってリリスに差し出している。

いらないと首を振っていたが、強引に飲まされているようだ。


「もっと飲め、お前また熱が出ているだろう?身体が熱い、本当に・・」


シッとリリスが乾いた唇に指を立てる。

ザレルにごまかしは利かない。


「フレアゴート様にお会いするまでです。

それまでのことですから。」


「無理・・するなと言っても、もう無理か。

ドラゴンに会ったら、今夜はこの麓の湯治場で休もう。」


ここまで来たのだ、引き返すことは出来ない。

湯治場でまた、主人がリリスを拒否するようなら殴り倒してでも休ませたい。

そう思うザレルだが、リリスはもう、そこで動けなくなる気がする。小さい体はすでに限界が近い。


セフィーリアよ、守ると言うたのに不甲斐ない・・すまぬ・・


ザレルはリリスの髪を撫で、唇を噛んだ。



 離れた場所では、キアンも遠巻きにちらちらと二人の様子を見ている。

吉井がキアンに小さな声で囁いた。


「癒しの呪文とかないのかよ?魔導師だろう?」


頭には、ゲームの魔術師が浮かぶ。

呪文一つでパッとライフゲージが上がる奴だ。


「癒しは他人に施す物だ。力を使うのはそれだけで体力がいる。僕も良く知らないんだ。」


何だ、やっぱり世の中そんなに甘くない。


「そっか、じゃあもう少し休もうか。」


「ん、済まないな、迷惑をかける。」


「え?いや・・」


他人を気遣うキアンを初めて見た気がする。

吉井はニヤッとしてキアンの肩を叩いた。


しかし、彼らは知らない。

フワフワと、柔らかな白い毛に身をゆだねて目を閉じるリリスは、それでもずっと癒しの術を使っているのだ。

ぶつぶつと小さく、何度も呪文を唱えるがあまり効果がない。


寒い。痛みがまた、激しくなってきた。

覚悟はしていたが、馬に揺られるのは身体に相当応える。


辛い・・


ああ・・力が、尽きかけている。身体が重い。

血は力の源。

それをあれ程に流した上、モルド様の命を繋げるために総ての力を使ってしまった。


ああ・・王子の為に使うべき力を・・

でも、モルド様は助かったのです。

後悔はありません。


それでも力を使うべき時を誤った責は私にある。

命を捨ててでも使命を果たさなければ。


御師様・・力をお貸し下さい・・

傷が・・傷が痛い・・ああ、御師様・・痛い


リリスはだるい体を白馬にもたれかけ、神に祈る気持ちで回復の呪文を呟きながら、疲れていつしか眠っていた。


・・・・風よ・・

・・・・・・風よ・・・

・・・・我が愛し子を守っておくれ・・

・・・・・・お前の命を与えておくれ・・


夢・・?


遠くから風に乗って、御師様の声が・・?


身体を預けた白いミュー馬の暖かさが、優しく甘い師の手の中に思える。

リリスは夢の中で痛みがスッと軽くなっていく気がして、ふと目が覚めた。

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