第46話 難所
アイの覗き込む顔が、目の前ににっこり笑う。
「みんなあ!リリス、目が覚めたよ!」
「あ・・・アイ様・・?」
身体を起こすと何だか軽い。
少しの時間だが、眠ったのが良かったのだろうか?
「行くぞ、もう少しの辛抱だ。」
ザレルが心配そうに、リリスに手を貸して先に馬に乗せた。
しかし当の本人は、以外と元気に微笑んでいる。
「随分気分が良くなりました。このまま山まで休まずに行きましょう。
私のために、ご迷惑を掛けました。」
ザレルがじっと顔を窺って、そして頷く。
山はもうすぐだ。
確かに、残りの距離をもたもた進むのは得策ではないだろう。
「わかった、急ごう。はっ!」
ザッザッザッ!
馬をいっそう早足で歩かせ始める。
スピードアップで遅れを取り戻さねば、明るい内にドラゴンと会ってその後近くの村まで行くのは無理だろう。
こんな殺伐としたところで野宿は避けたい。
夜は気温も下がって身体に堪える。
「あの道を右に!フレアゴート様は山の裏手を登ったところでお会いできるのです。」
「わかった。」
言われるままに馬を飛ばす。
やがて山の裏側にようやくたどり着いた。
そこは殺伐とした中、ちらほらと植物も見え、ガスは出ていないし風向きもいいのだろう、あまり灰も積もっていない。
それでも山の中腹まで登る道は所々が地震のせいか崩れかけ、片側は恐ろしいことに切り立った崖を成していた。
「ちょっと、こんな所で落馬したら命無いよ!」
「わかってるよ!今、集中してんだから、しゃべんなよ!・・っとと・・」
パラパラと足下の小石が転がって、谷底へ落ちてゆく。
「キャッ!吉井、しっかりしてよ!」
「おうっ!まかせろって!」
空を仰げば、日が随分傾いた。
明るい内に降りないと、足下が危険だ。
河原にしがみつく、ヨーコの手に力が入る。
河原は怖いの半分、少し嬉しい。
「しっかり掴まってろよ。ヨーコ!」
「ね、河原。」
「何だよ?」
「ごめん、あたしリリスがやっぱり好き。」
河原が真顔になった。
今までも、別に恋人だったわけじゃない。
でも、こうして迎えに来てくれたのが無性に嬉しかったし、アイと吉井がいい雰囲気なので、もしやとヨーコに期待をかけたのもウソではない。
でも、ヨーコがリリスの事を話す時の目の輝き・・すっかりあいつはヨーコの王子様だ。
あいつにゃあ・・俺も敵わねえかも・・
実は想像していたのだが、実際に聞くとやはりショックは大きかった。
「知ってるよ、いいさ、まあがんばれ努力賞。」
「フフッ!何それ?!」
「俺と吉井は参加賞だろ?あ、キアンもか?」
「まあね!」
ヨーコのぬくもりが背中に心地いい。しかし心はちょっぴり傷ついて、もの悲しい河原だった。
ヒュウウウ・・・
山も半端まで登ると冷たい風が吹き付け、足下に広がる荒れ地とその後ろに広がる広大な森の向こうに山々が連なり、随分景色もいい。
「やっぱさ、ビルがないから随分見通しいいわよね。」
なるほど、言われてみればそうだ。
「ザレル、もうすぐの所に大きく壁がえぐれて、地面から蒸気を吐いている所があります。
そこはちょっと広くなっていますから。」
「蒸気が?危険じゃないのか?」
「ふふ、危険と言っていたら、フレアゴート様にはお会いできません。でも、ご心配なく。」
フレアゴート・・火のドラゴンか・・
気難しいドラゴンだ。
人間嫌いというので俺は麓で待つだけだったが、会えるだろうか・・
ザレルの目が、前に座るリリスに目が行く。
うっ!思わず息を飲んだ。
リリスの真っ白なコートの右肩に血が、赤く滲んでいる。
傷が・・開いたのか?!まさか!
甘かった!こいつは馬が初めてだ、しがみつくのに無駄に力も使う。
やはり無理だったのだ!
ザレルが動転して、最善の方法を考え始める。
ところがリリスはそれを察したのか、前を真っ直ぐ向いたまま静かに囁いた。
「ザレル、大丈夫、私は大丈夫です。
騒いではなりません、このままのペースでゆっくり。あなたがペースを乱すと、後ろの方々に影響します。」
「しかし!」
「どうした?何かあったのか?お前達。」
キアンがそっと聞いてきた。
「いいえ、何でもございません。もうすぐでございますよ。すぐに広いところへ出ます。」
「そうか、それは助かる。もう、疲れた。」
不審に思いながらも、その終点を待ちわびて、今は懸命にしがみつくので精一杯だ。
ズズズズ・・・
「きゃっ!」「わあっやばいよ!」
突然、地面がわずかに揺れ動き、バラバラと小石が降ってきた。
「急ぐぞ!」
ザレルが馬の足を速め、それを追って二頭も足を速める。
「怖いよ!怖い!」
アイの叫びに、リリスが小さく呪文を唱えた。
「セス・ラナ・ヤーン、守護の女神よ、我ら迷い人に暖かな守護の翼を。」
ヒュウウウウ・・
冷たく刺すような風を遮り、暖かな柔らかい風が皆を包んで、優しく背を押してくれる。
「何?何?何だか暖かい。見て!」
「石が避けてる!」
バラバラ降り注いでくる小石も、彼らを避けるように落ちてゆく。
やがて三頭は荒れた山道を駆け昇り、そしてようやく終点と思われるところへと出た。
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