第44話 火の山へ

 翌朝、出発の前に皆でラグンベルクに挨拶となった。

ラグンベルクは計画の失敗と、息子ラクリスにたしなめられたことで、神妙な顔つきをしている。

それでも全てを知った上で何も問わないキアンに、彼は心から頭の下がる思いだった。


「では、叔父上、本当にお世話になりました。一同揃いまして礼を申し上げます。

それと、私の為にご迷惑をおかけして、騒ぎを起こしました事も合わせてお詫び申し上げます。」


「いや・・・無事で何より・・」


「このたびは大変良くしていただいた上に、城からの馬の他に二頭も頂きまして、助かりました。」


「うむ・・風の息子よ、傷はよいのか?」


「はい、このような傷、怪我の内に入りませぬ。ご心配をおかけしました。」


「そうか、あまり無理するでないぞ。

お前が傷ついたのは、誠に残念であった。」


「ありがとうございます。」


「・・・リリス、しばし近う寄れ。」


「い、いえ、滅相もない。」


公が眉間にしわを寄せて、どこか苦しげな顔でリリスに手招きする。

しかしリリスは地に頭を付けたまま、決して顔を上げようとさえしない。

身分をわきまえるリリスらしいが、公はとうとう自ら腰を上げ、リリスの元まで歩いてきてしまった。


「リリスよ、頭を上げよ、わしに良く顔を見せてくれ。」


公がリリスの元でかがみ込み、リリスの頬を撫でる。

そしてようやく不思議そうに顔を上げたリリスに、優しく頷いた。


「良い魔道師になったのう、セフィーリアも立派に育ててくれた。

今の暮らしは辛くないか?」


「い、いえ、御師様には身分が違うにも関わらず、良くしていただいて本当に感謝しております。」


公は自分を知っていたのだろうか?


師が気まぐれに、拾い子を育てていると言う噂は、誰もが知っているのかも知れない。

師が育ててくれなければ、今頃自分はここにいないだろう。

リリスが恐縮して縮みこむ。公は優しい顔で彼の頭を撫でて立ち上がった。


「身分か・・リリスよ、何か不具合があればいつでもこのラグンベルクの元へ来るがよい。

わしは何時でもお前の後ろ盾となってやろう。」


「滅相もない、もったいないお言葉でございます。」


初対面から、やけに公がリリスにご執心だ。

自分を差し置いての言動に、キアンは少し不満そうに訪ねた。


「叔父上、リリスが何か?」


「よい、気にするでない。

皆の者大儀である、旅の無事を祈っておるぞ。」


「はっ!」



 ギクシャクした言葉のやりとりの後、キアン達は館の庭で馬を三頭受け取った。


ミューミュー・・ミューミュー・・


この頼りなげに鳴いている大型の猫、ミュー馬がこの世界での馬だ。

岩山も少々の崖も、難なく飛び上がり走るのも速い。

ミュー馬はとても俊敏の上、賢いのでなかなか捕まらず、個体数も少ない高級品なのだ。

だからこれはラグンベルクの詫びの一つとも取れる。


 手伝って貰い荷物をくくりつけ、リリスとキアン以外は乗れるようになっていたので、自然とペアが決まる。

一番大きな白いミュー馬にザレルとリリスそしてキアンが、そしてアイと吉井、ヨーコと河原があとの二頭にそれぞれ騎乗する事になった。

城から届いたミュー馬は、真っ白で普通のミュー馬より一回りも大きい立派な物だ。

初めて見たリリスも、驚いた様子でそっと遠慮がちに毛並みを撫でた。


「何て立派な・・王子の母上様から送られてきたのはこの白い馬ですね。

王子の身を案じられるお気持ちが良く分かります。

わあ、何て柔らかい!初めて触りました。」


褒め称えるリリスに、そんなことどうでもいいとキアンが手を取り覗き込む。


「どうだ?手に力は入るか?

傷に障らねばいいが・・・良い、お前がザレルの前に座れ。僕が背中にしがみつく。」


後ろは尻に近いのでどうしても揺れが激しい。それだけに落馬の可能性も高い。

驚いてリリスが、とんでもないと首を振る。

しかしキアンは強く首を横に振った。


「よい!気にするでない!」


「いいえ、キアン様が怪我でもされては・・」


「僕も後ろくらいは乗れるようになったんだ。

リリス!人の好意は黙って受けよ!」


馬上のザレルの手を借り、さっとキアンが後ろに座る。引きつった顔で、ギュッとザレルの腰にしがみついた。

見送りに来た、ラクリスとフェルリーンが笑っている。


「キアナルーサ!怒るとまた落ちるよ!」


「うるさい!心配無用だ!死んでもしがみついてる!ラクリスこそフェルリーンの手を放すなよ!」


「それも心配無用!僕もしがみついてるよ!

王への口添えの手紙、ありがとう!」


「フン!リリス!さっさと乗れ!出るぞ!」


ザレルがニヤリと笑ってリリスに手を伸ばす。


「ふふ、怒られてしまいました。」


「お前が悪い。手は上がるか?」


「大丈夫です。どうぞお気遣い無く。」


しかし、やはり右手が挙がらない。近くにいた兵士が軽々と抱き上げてくれた。


「ありがとうございます、助かりました。」


「いや、お気にめさるな。」


はにかむ兵士がスッと下がる。

後ろから傷を庇うように、しっかりとザレルが抱いて耳元に囁いた。


「馬にリズムを合わせろ、辛いときは言えよ。」


「私のことより、王子を落とさぬように。」


「後ろはしらん。」


「ザレル!聞こえてる!貴様絞め殺すぞ!」


ギュウッとザレルの腰を締め付ける。が、全然効いてないようだ。


「こっちもオッケーだよ!落ちたら叫ぶから!」


他の二頭も無事騎乗した。


「じゃあな!また会おう!元気で!」


「ああ!また、今度は結婚式で!」


「熱々だね!じゃあ、またね!」


見送りの人々が明るい顔で手を振る。

一人はしゃいでいるシビルに連れられた白髪のグレタも、無言で遠くから見送っている。

ザレルは、さっと片手を上げ合図すると、城下へと降りて聖なる火の山と呼ばれる山を目指し、馬を早足で歩かせた。

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