第43話 十三才
トトトト・・
小さな少年が、ニコニコほがらかに笑いながら客室の並ぶ薄暗い廊下を走っている。
手にはミルクピッチャーを大事に抱え、ブドウより一回り小さい緑の粒が房をなしている果物の房を、幾つもぶら下げて時々べろりと物欲しそうによだれを流す。
やがて少年は、白い花が生けてあるドアの前で立ち止まると、息を整えてノックした。
ココン!
「リーリースう!リーリースう!」
ガチャ!
ドアを開けたのはザレルだ。
「えへへえー、ミルクー、持ってきたのー。」
「わかった、入れ!」
苛立たしそうに、シビルをグイッと引き入れ、バタンと乱暴に閉める。
シビルに慣れない内は、誰しもがイライラする物なのだ。
まあ、例外もあるが。
「ああ、シビル様毎日ありがとうございます、絞りたてのシビルのミルクですか?美味しそうですね。」
ベッドに座るリリスの後ろの窓から、パッと朝日が射し込み、まるでリリス自体が光っている錯覚に囚われる。
ぽやーんとリリスを見つめるシビルの手から、ザレルがさっさとピッチャーと果物を取り上げベッドサイドのテーブルに置いた。
「あのねえー、グーレター様がーねえー、差し入れなのー。
グーレター様、なんかー、お婆ちゃんになっちゃってぇー。
えへへー・・早く治してえ、早く出てけってえー。」
がくっと来るところだが、シビルは考え無しにストレートに伝える。
リリスはクスクス笑って、沢山の房の内二つをシビルに差し出した。
「これ、差し上げましょう。それと、グレタ様にお伝え下さい。わかりましたと。」
シビルがパッと顔をほころばせて飛びつく。
嬉しそうにプチプチ何個かつまみ、口に放り込んで大きく頷いた。
「うんー、わかったあー、じゃあねー。」
返事を皆聞かない内に、ザレルがドアを開けてシビルを外に放り出す。
そして、呆れた様子でコップにミルクを注ぎ、リリスに差し出した。
「まだ、三日しかたってないんだぞ。」
「ええ、もう三日も私のために立ち往生です。」
「フンッ!」大きくザレルが溜息をつく。
「では、明日朝に発つと王子にお伝え下さい。」
「まだ無理だ。傷は深くて大きい。」
「城から馬が一頭送られて来たとか?
皆様、乗馬を練習されているそうですよ。ザレルは必要ございませんか?」
にっこり、また天使のような悪魔の微笑みだ。
絶対に明日と言えば明日だ。
他の人間の理由で日程が変わるのは良しとしても、自分の事には異常に厳しい。
今、やっと座ったばかりだというのに。
「今朝、ようやく熱が下がった。無理だ。」
「ええ、もう熱はありませんし、多少の痛みは我慢できます。
それに馬ならここから一日の距離です。夕刻には着いて、フレアゴート様にもお会いできるでしょう。」
リリスがミルクを飲み干してまた横になる。まだ青い顔で、無理して飲んでいるようだ。
ザレルがそれに手を貸し、彼の柔らかなウエーブの赤い髪を撫でた。
「馬に一日揺られるなんて楽じゃないんだぞ。
何を言っても無駄なのか?分からず屋。」
「はい、リリスは悪魔の子ですから、性格が曲がっておりますので。」
「まったく!
俺はセフィーリアに泣きつかれてるんだぞ。」
「うふふふ・・」
リリスが笑いながら布団に潜り込む。
ザレルはまた、溜息をつきながら部屋を出た。
廊下を歩いていると、明るく場違いなほどにキャアキャアと黄色い声を上げながら、外で乗馬の練習をしていたアイ達が、キアンやラクリス達と階段を上がってきた。
上のキアンの部屋に行くのだろうか?
ザレルの階を通り過ぎる。
あれが、十三才なんだ。
・・・リリスは自分に厳しすぎる。
出来ればここで休ませてやりたいが、リリスは道案内でもあるのだ。
意地っ張りめ!
ふと、ザレルが手の平をじっと見る。
あの夜、どんなに押さえても溢れる血・・
血を見て、恐ろしいと感じた事など無かった俺が・・この、狂獣ザレルが・・
治療の間、痛みにもがくリリスを押さえる手が震えているのに愕然とした。
・・失う事の、恐怖・・か・・
モルドも、何とか助かったと聞いた。
階下の部屋にいるらしい。
モルドよ・・お前は死が怖くなかったのか?
大切な物とは・・何だ?モルド・・
ザレルはその昔、友だった男を見舞う為、ゆっくりと階段を下り始めた。
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