第42話 王子の器
「バカな!お前は知らないんだ!僕がどんなに怖い目にあったか!それを不問にだと?」
「は・・い・・どうか・・国を、乱しては・・それ、だけは・・避けて・・」
言いたいことが沢山あるのに、リリスに重く睡魔が襲う。
ようやく開けた瞼は、どんなに抗っても二度と開いてはくれなかった。
「バカな!僕をバカにするのか?不問にだと?
あんな、あんな目に遭わせて、不問にだと?」
「そうだ。それが王としての采配だろう。」
ザレルが後ろからぼそっと呟く。
キアンは勢い良く振り向き、先程まで恐ろしい殺人鬼だった男を睨み付けた。
「お前が騒ぎを大きくしたんだ!
平気で人を殺して!しかもお前の主は誰だ?!
僕じゃない!お前はリリスに仕えているんだ!」
「キアン、静かにしなさいよ、怪我人の前よ。」
ヨーコがプイと顔を背ける。
「ヨーコ!お前も見ただろう?あれを無かったことにしろと言うのだぞ!この愚か者は!」
「あんた、よく考えなさいよ。これってさ、叔父さんとお父さんの権力争いじゃない?
それで国を分ける戦争になったらどうするの?
今はあんたさえ我慢すればそれで終わる。
そう言いたいんだよ、きっとリリスはね。
あんた、ここで許せるかどうか、王子としての器の大きさ試されてるんだよ。」
「器だと?!誰に?!」
「そうだね、神様かな?」
「神?神位の者が?何を馬鹿な・・神?精霊王?え?神?だと?」
キアンが次第に肩を落とし、神という言葉に真剣な顔で考える。
ヨーコの言葉は重いが、少し頭を冷やせば容易に考えつく。きっとリリスが言いたかったのはそのことだと思う。
理由はどうあれ叔父上は、息子に王位を継がせるべく、僕の命さえ狙ったのだ。
それが表立つと、この静かな国に何が訪れる?
僕は、みんなに平和に暮らして欲しい。
戦争を、僕はたった今経験したじゃないか。
あんな事、もうまっぴらだ!
そうだ、こんな時に頭を冷やさないでどうする。冷静に、冷静に。
ヨーコの言うとおりだ、僕は強くならなきゃ!
「ヨーコ。」
「ん?」
「分かった。僕にも分かったよ。」
「そう、良かった、あんたバカじゃないよ。」
「でさ、僕、失恋したんだ。」
「へえ、あのお姫様?可愛かったもんね。
で、あんた本当に好きだったの?」
「え?!」
思いがけない言葉に、キアンが改めて考える。
「好き・・だったのかな?でも、ショックだったよ。」
「あーあ、男ってみんなそう!
見かけでふらふら、それで後んなって失敗したとか抜かしてさ、責任転嫁しながら不倫するのよ。
バッカみたい。」
何だか分からないが、きょとんとして、キアンがクスクス笑い始めた。
「フフフ・・お前に言わせると、みんなバカなんだな。本当に、バカなんだな。」
「バカよ!バカ!あーあ、あんたもバカ!
主のために命捨てるあの男達もバカ!人をポンポン殺すザレルもバカ!
自分の命を軽く扱うリリスもバカ!バカばっか!!」
カチャッ!
ドアが開き、そっとアイ達が入ってきた。
ようやく落ち着いたものの、真っ赤に腫らした目をして顔をこわばらせている。
「ヨーコ、あたし。」
「分かってる、帰りたいって言いたいんだろ?
河原とも会えたしね。」
「ん。だって、ここ怖いもん。」
吉井は、しっかりアイの肩を抱いている。
河原はその後ろで、ヨーコと目が合うとスッと視線をそらした。
「わかった。でも、あたし最後まで付いて行くよ。」
「ヨーコ!一緒に帰ろうよ!どうして?」
「あたし、何にも出来ないけど、どうしても放っておけないんだ。バカばっかだからさ。」
「ヨーコ。」
がっくりと、アイが肩を落とす。
それでも、予想していたのかもしれない。
心の片隅で、やっぱり!と小さな声が聞こえた。
「俺、俺も行くよ。」
河原がツカツカと二人の前に出た。
「俺、これでもここの暮らしに慣れてるし。帰るのが今になるか、ちょっと後になるかの話しだしさ。
それに肝心のリリスがこれじゃ、向こうへの出口も開けられないじゃん。」
「あ、そか・・」
リリスの真っ白な顔にアイがまた肩を落とす。
自由に行き来できないのは本当に煩わしい。
バーンッ!
「きゃん!」
いきなり肩を抱いていた吉井が、アイの背を思い切り叩いた。
「わかった!ほら、おめーも腹くくれ!みんな一蓮托生よ!」
「何?いちれん・・えーと・・・
もー!いいわよ!もう!しらない!」
アイがダッと部屋を出ていく。
「いいのか?」
ザレルが人ごとのようにぼそっと漏らす。
「いいのよ!どうしようもないんだし、今はあんたがやらかした斬り合いにびっくりしただけだから。
一晩寝たら落ち着くわよ。」
ザレルが疲れたのか隣のベッドに腰を下ろす。
リリスの怪我に、あれ程うろたえたのだ。
彼にとってリリスは、やはり大切なのだろう。
「ね、ザレルってさ、リリスとどういう関係?」
ヨーコの言葉にパッとキアンが顔を上げ、ザレルの顔を見つめた。
ザレルがゆっくり首を巡らせ、徐々に明るさを持ち始めた暗い空を窓から眺める。
「これは、俺の・・師だ。」
「師?ザレルの?お師匠さん?年下なのに?」
「そうだ、心の、と言える。
昔、俺が狂獣と呼ばれていた頃、俺は人を切ることが快楽になっていた。」
「ゲッ!マジ殺人鬼?」
「そうだ、騎士という殺人鬼だ。
その頃、師に連れられていた、これに会った。
まだ十にも満たないこれは、闘技場で血だらけの俺から剣を取り上げ、一緒に旅に出ようと無理矢理引っ張った。
それはしつこく、まだ間に合うとな。
仲間に笑われながら、俺はこれの笑顔にどうしても逆らえなかった。」
「あはは!マジ?!」
「でもよ、確かにこいつって、にこにこ笑ってンのに有無を言わさねえとこ有るじゃん。」
「あるある!あのニッコニコの笑顔が凶器よねえ。知らない内に付き合わされるの。
げえ!こんな所通れるか!って思うのに、文句言えないんだ。」
「それって、一番やっかいな奴じゃねえの?
俺、心配になってきた。」
河原が苦笑い。
ザレルが、思い出したのか珍しく笑った。
「これの旅は、想像以上に厳しかった。
子供だと侮っていたばかりに酷い目にあった。
当たり前に下げていた剣が無い事で、心の拠り所が無い辛さに恐怖心も大きく、俺は自分の小ささ、弱さがそこで改めて分かったんだ。
俺は、それから無闇に剣を使わなくなった。」
「ふうん・・」
やっぱりリリス、凄い奴。
ちょっと、普通じゃないかも・・
「でも、その御師さんって、良くそんな小さい子を旅に出すんだね。怖い人なの?」
フフッとザレルが笑う。
「これは、突然さっさと旅支度をして、では御師様行ってきますと出てゆく。
セフィーリアが泣きながら追いかけるのを何度も見たぞ。」
「やっぱり!それじゃ御師様大変だ!」
「あはははは!」
「ふふふふふ・・」
みんな、何だか笑い出してしまった。
ドアがそうっと開いて、アイが顔を出す。
「なによう、みんなして楽しそうでさ!
あたし一人、ハチブじゃん。」
ヨーコがおいでと出迎える。
空は徐々に白んで長い夜の終わりを告げた。
「ああ、疲れる夜だったな。
みんなウソばかり一度に押し寄せて・・もう、嫌なことはこれで最後にしてくれ。」
キアンはそう呟いてリリスの赤い髪にそっと手を伸ばすと、布団から覗く痛々しい白い包帯に目を伏せた。
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