第41話 ラクリスの告白
隣国からグルクで空を飛んできたのか、緩やかにウェーブのある髪を振り乱し、スラリとした身体にまとった暗い色のコートは夜露でじっとりと濡れている。
寒さで震える歯に唇をかみしめ、整った眉をひそめて大きく息をついた。
「あっ!ラクリス・・様・・」
フェルリーンがばつが悪そうに俯く。
「フェルリーンがベスレムへ行ったと聞いて、もしやと思ったんだ。
父上のよからぬ噂も聞くし、君に何かあったらと思ったんだけど、遅かったようだ。」
「よからぬ噂って?」
ラクリスがフェルリーンの肩を抱き、キアンを誘って近くの部屋へ入った。
「フェルリーンの部屋には傍付きの侍女がいるからね。ここで話そう。」
そこはキアンの部屋の作りと大して変わらない、居間と寝室が別れた来客用の部屋だ。
廊下の蝋燭から火を借りて、部屋の蝋燭に火を入れると、ラクリスは濡れたコートを脱いで首に巻いていたストールで髪をふいた。
キアンは従兄弟の仕草も、スタイルも、整った顔も、何もかもが見ていると嫌になる。
夜の飛行で冷え切った仕草に、フェルリーンが自分の上着を脱いで彼の肩にかける。
キアンは二人の睦まじい様子に、何故か強烈に不安を感じていた。
「こんな所ですまない、どうぞ、君にはいつか話したいと思っていたんだ。
でも、なかなか機会がなくて・・・」
「いや・・」
自然に三人は椅子に座り向き合った。
フェルリーンとラクリスが並んで座り、キアンが向かいに座る。
ラクリスが、決意したように切り出した。
「キアナルーサ、君とフェルリーンは結婚を約束された間柄だったよね。」
「ああ、僕が王位を継ぐことが決まった時点で結婚することになっている。」
ラクリスがスッと美しく整った顔をうつむき、蝋燭に光る氷のような青い瞳を上げる。
「実は・・」
「ラクリス様、それは私から申し上げますわ。」
フェルリーンがスッと立ち上がり、キアンの足下に跪く。
そして請い願うように両手をキアンに向けて合わせた。
「キアナルーサ様!これは裏切りであることは分かっています!でも、私たちは愛し合ってしまったのです!」
「なっ!」
「どうか!どうか私をお許し下さいませ!いいえ!いいえ!許せとは申しません!
私を憎んでいただいて結構でございます!
どうか・・、どうか、この約束を、破棄させてください!」
キアンの頭が真っ白になって行く。
何がどこでどう狂ったんだろう。
あの城で暮らしているまでは、ずっと幸せで僕の人生にはシミ一つなど無かった。
そしてこれからも・・
そうなるはずだったのに・・
「そのラーナブラッドを持ち、そしてドラゴンとの契約を持った者に王位は継承される。
それが悪かった。
父上は、この片田舎のベスレムへ養子に出されたことから城への執着が生まれ、せめて僕なりとも王にして、城に住まわせたいという考えが生まれてしまった。
日頃、素晴らしい名君ぶりだったから、僕は凄くその父上の隠された願望にショックを受けてね。
それでこの国を離れたんだけど、それが裏目に出てしまった。
父は母を失ったばかりだから寂しさをますます増強させて、僕と同年代の少年に添い寝させたりして、ますます変になっていく。
そして彼女も、何とか次の王を僕にしたい。
そんな二人が出会い、同じ目的を持つことで、密かに考えていた事を実行に移してしまった。」
とつとつと語るラクリスの話が、果たして真っ白な頭のキアンに少しでも入ったのだろうか。
ぼうっと二人から視線を外し、キアンは隙間風に揺れるカーテンを眺めていた。
「つまり・・・叔父上と、フェルリーン、二人が石を狙ったんだ・・」
「その・・準備に、早くから父は水の魔導師を館に迎え入れたらしいから。」
あの女、グレタ・・ガーラか・・・
「お願い!二つの国の取り決めだけど、あなたからも口添えを頼みます!
私達、愛し合っ・・・・・・・」
キアンの耳は、それ以上の言葉を拒否した。
バッと立ち上がり、すたすたドアへ向かう。
「キアナルーサ!僕は!」
「もういい!分かった!分かったよ!
フェルリーン!僕は君なんか嫌いだ!君と結婚なんてまっぴらだよ!冗談じゃない!
どこの誰なりとも結婚するがいいさ!
僕は知らないよ!」
バタンッ!
勢い良くドアを閉め、ダッと走り出した。
階段をもつれる足で何度も転げそうになりながら駆け下りる。
そして知らず目指したそこは白い花が生けてある、リリス達の部屋だった。
バタンッ!
ノックもせずに部屋に飛び込む。
そこには真っ白な顔のリリスが横たわり、ベッドの横にはヨーコとザレルが心配そうに椅子に座っていた。
「ザ、ザレル、僕の警護は・・どうした。」
ヨーコの手前、泣き言を言うわけにも行かず、また見当違いの言葉が口から出てしまった。
カッとヨーコの顔色が変わり立ち上がる。
キアンの胸がドキッとすくみ上がった。
ザレルが無言でヨーコを制し、キアンの背を押してリリスの傍へと連れてゆく。
キアンの頭に、リリスの血だらけの後ろ姿が思い出される。
そして今、目の前にある血の気のない顔に、ゾッと冷たい物が走った。
「死、死ぬ・・のか?リリス・・死ぬのか?!」
「短剣だったから骨は断たれてなかったが、肩から背中にかけて傷が深い。それに何しろ出血が多かった。
しばらくは、動けない。」
「大丈夫、なのか・・?死なないのか・・?」
キアンがそっと覗くと、あのはつらつとした張りのある白い顔は、青白く透き通るようで色を失い、体中の血を流し尽くしたのかカサカサと艶を失っている。
しかし重く閉じた瞼が、その時微かに動いた。
「リリス!リリス、死ぬな!」
キアンの叫びが聞こえたか、ゆっくりと重そうに瞼を開き、周りを見回している。
「リリス、気分は?どう?聞こえる?見える?」
どんよりと、焦点の合わない瞳を凝らし、キアンの顔をぼんやり捕らえると懸命に顔を動かし、引きつった微笑みを浮かべた。
「キア・・様・・」
力が入らず声がかすれて出ない。
キアンはそっと布団を握りしめて覗き込み、リリスの微笑みにほっとしたのか、心が弾けたように涙が溢れ始めた。
「リリスう、叔父上が・・叔父上が僕を狙ったんだ・・ラクリスを王にするために・・
ラクリスが・・そう言って・・えうっく・・」
キアンがまた、しゃくり初めて声が出ない。
握りしめた布団を顔に押しつけ、沢山話したいことが一度に溢れて、声になる前に詰まってしまった。
「キア・・様、叔父・・様・・責めて・・なりませ・・今回の・・不問に、なさい・・」
キアンが耳を疑う。
不問に?無かった事にしろだと?
それは、今のキアンにはとても受け入れがたいリリスの言葉だった。
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