第40話 王位継承者の石
「リリス!リリス!」
リリスがフーッと大きく息を付き、また苦しそうにだが目を閉じる。
ザレルとヨーコは顔を見合わせ、ホッと溜息が出た。
傍らでは男達が早々に運び出され、キアンもようやく泣き止んでいる。
「医者だ!医者が来たぞ!」
バタバタと人が入り乱れ、それでも誰しもがキアンの無事を先に確認する。
「ちょっと!怪我してるのはリリスよ!」
ヨーコが憤然と立ち上がり、キアンの脈を診る医師らしい男に怒りをぶつける。
「あいつが、王子だからだ。」
ザレルがリリスを抱きしめ諦めたように呟く。
「王子が何よ!この世界の奴ら馬鹿!?」
死にかけた従者よりも、王子が先なんて!
しかし、ようやくそれにキアンも気が付くと、医師の手を叩き落として怒鳴った。
「馬鹿者!怪我をしておる者も分からぬのか!
早う!向こうへ行け!早う!」
慌てて医師がリリスとモルドに取り付いた。
モルドはまだ息があるらしく、早々に部屋から担ぎ出されてゆく。
服を引き裂いてリリスの傷を診る医師の後ろで、ヨーコは両手で顔を覆いようやく涙を流して立ちすくんでいた。
「ヨーコ・・」
キアンがよろよろと立ち上がり、ようやく彼女の前にたどり着く。
「ヨーコ・・」
「うっうっうっ・・うう・・」
「ぼ、僕は・・無事だったぞ。」
見当はずれのキアンの言葉に、ヨーコは頭に血が上りキッと顔を上げ、思わず手が出た。
パーンッ!
頬を叩かれ、またキアンの目に涙が潤む。
「な、何するんだよう!」
「あんたバカ?!やっぱりバカだわ!
リリスのこの姿見て、それでも自分の事しか浮かばないわけ?!マジ、バカよ!」
ヨーコの顔が真っ赤になって、あまりの情けなさにまた涙が潤む。
こんな奴のために命を賭けるなんて!
「よし、お前さん下の治療室へ運んでくれ。
一緒に来て傷を縫う間押さえてくれるか?
大丈夫だ、傷は固定した、出血は止まっている。」
そっと、ザレルが優しく抱きかかえる。
医師に先導され、出てゆくザレルの後を追うヨーコを見送って、キアンはその場に立ちすくんでいた。
「みんな、みんなリリスだ・・リリスばかり!どうして・・僕が王子なのに・・」
ポケットから、ラーナブラッドを取り出す。
石は相変わらずふわっと輝いて、ピンク色をしている。
こんな物、何の役に立つんだ!
こんな物の為に!
こんな物!
「まあ、キアナルーサ様ご無事でしたのね。」
フェルリーンが心配そうに部屋の外から声をかけてきた。
キアンがフラフラと血の跡を避け、血の臭いがする部屋を出る。
「フェルリーン、僕は・・無事だったぞ。」
ははっ、何てバカだ僕は。同じ文句しか出やしない。
「ええ、本当にようございましたわ。お怪我はございませんの?」
「え?あ、ああ。リリスが怪我を・・」
「ああ、あの魔導師のおチビさんですわね。
それがあの子の務めですもの。
それより、ラーナブラッドはご無事でして?」
キアンが目を剥いて驚く。
そうだ、これが当たり前なんだ。
あいつは僕を守るのが仕事。それで傷ついたとして僕が責められるなんて、それは変な話だ。
「ああ、ここにほら。あいつ等、これを狙ってたのか、それとも僕を狙ってたのか良く分からないんだ。」
「まあ!怖い!そうだわ!ね、キアナルーサ様、私によい考えがございます。
ここを早くはなれましょう。さ、こちらへ。」
フェルリーンが手を引いてキアンを廊下へ連れ出す。
彼女の部屋へ連れてゆくのだろうか?疲れ切っていたキアンの胸が、少しドキッとときめき始めた。
暗い廊下を歩きながら、フェルリーンが花の香りを漂わせ、可憐な唇をキアンの耳元へ近づける。
「ね、私がラーナブラッドをお預かりしますわ。ここにいる間、ね?誰もそんなことは考えませんでしょう?」
「ああ、そうだ、でも・・」
この石は、常に危険を呼び寄せる気がする。
そんな石を、この儚い女性に預けてもいい物だろうか?
リリスの顔がふっと浮かび、キアンはそれを振り切るように首を大きく振った。
誰よりも、自分がリリスに一番頼っている。
そう思うと無性に腹が立ったのだ。
キアンは何も考えず、さっと石を取りだしフェルリーンに渡した。
フェルリーンがパッと顔をほころばせて石を受け取る。
「まあ!確かにお預かりしますわ!綺麗な石です事!」
廊下の蝋燭に照らすと、キラキラと光りを反射して美しく光り輝く。
フェルリーンは何故か嬉しそうに、それにうっとりと見入っていた。
「駄目だよ、キアナルーサ。」
後ろから声がして、さっとフェルリーンの手からその石を奪い取る手が現れた。
「これは君の物だ。絶対に離しちゃいけない。」
そう言って石を差し出すのは、隣国にいるはずのラクリスだった。
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