第37話 暗殺者(流血有り)
バタンッ!ヒュアアア・・・
後ろの寝室の窓が風で開いたのか、冷たい風が吹き込み香炉の煙がサアッと消えてゆく。
しかしその時、三人の誰一人、すでに後ろを振り向く余裕はなかった。
そこには自分達とは違う大きな黒い影が一人。
剣を片手に燃え上がるような目で、微動だにせず立っている。
相手は一人、しかし、何という殺気!!
男達はその男から発する狂気じみた殺気に、ゾッと背筋が凍る思いで後ろに引いた。
これが・・狂獣ザレルか!!
いざ剣を振るえば、全ての敵を打ち倒すまでその剣は止まることを知らぬと言う。
命乞いなど聞き入れる事を知らない無情の男。
「ザレル!お、王子は・・王子はどこだ。」
恐怖を振りほどき、声を絞り出し一人が問う。
それは、リーダーを務めるモルドだった。
ザレルが背にしている廊下側のドアは、中から開けられないよう、かんぬきで細工してある。
逃げられないはずだ。
では、どこに隠れた?
ザレルはまるで、後ろにある小さな衣装かけを庇うように立っている。
王子は、あそこか・・!
あれは上着を掛けるための物だが、人一人、まして子供一人ならゆうに入れる。
こうなれば何としても石を手に入れなければ!
騒ぎを起こして手ぶらでは、御館様に顔向けできぬ!
たとえ・・たとえ王子のお命を奪ってでも!
「フーーッ、フーーッ」
まるで肉食獣のような息づかいが、ザレルの口から不気味に放たれる。
心に固まった決意が、死の恐怖に押されて身体が前に出ない。
じりじりとザレルの足が前に出て、男達の足が怯えるように下がる。
ガシャン!
下がった男の足が香炉を倒し、その場に灰をまき散らした。
ジャキッ・・
ザレルが剣を引く。
「うおおおお!!」
一人の男が恐怖を振り払うように雄叫びを上げ、意を決して飛び出す。
突かれて他の二人がザレルの側面から襲った。
ヒュンッ!ドカッ!
「ギャッ!」
一人は剣を合わせる間もなくあっという間に切り倒され、そのまま横の男の顔を柄で殴る。
大男のザレルは獣のように素早い動きでもう一人に迫った。
ビュンッ!ギャリンッ!
剣と剣が合わさって、暗闇の中、火花が散る。
「うおおお!」
かろうじて止めたザレルの剣は重く、男は後ろのテーブルの上へどっと弾かれた。
もらった!
その隙にモルドが衣装かけに迫り、今だとばかりにその扉へ剣を振り下ろす。
ヒュンッ!
ガキッ!「ぐっ!」
その刹那、剣が石にでも当たったように、突進してきたザレルの剣にはじかれた。
「くっ!ザレル!貴様はこの王子で良しとするのか!」
振り下ろす剣をザレルは無言で下から受け、片手を離すと横から右の拳でモルドを殴る。
彼は壁まで吹き飛んだ。
早い!ああ、やっぱり、とても敵わない・・・ザレル・・
ザレルの動きは、猛獣のそれだ。
大きな剣は重さを失い、あの鋼の身体は筋肉がバネとなる。
「モルドよ、定めに従え。」
低く、重い声がザレルから放たれる。
だが、モルドは意識を失い声が届かない。
「うおおおおお!」
先程弾かれた男はギュッと唇を噛み、捨て身の覚悟で剣をザレルに向けて突進する。
ザレルは横を向いてそれを避けると、刀身の面に剣を上から打ち込み、あっさりと折ってしまった。
「あああ!くそ!くそ!」
目倉滅法折れた剣を振り回し、足を取られて壁のカーテンに倒れ込む。
「ひい!」
子供の声が、かすかに聞こえた。
男が慌てて身を起こし、腰の短剣に手を伸ばす。
と、同時にザレルが後ろから蹴りを入れた。
男が宙を舞い、洋服掛けの扉を突き破って頭を突っ込む。
気を失っていたはずのモルドがその隙を突いて、カーテンに向け剣を振り下ろす。
虚を突かれ、ザレルが反射的に彼の右腕を断った。
「ぐおおおおお!」
片腕を失ったモルドは、よろめいて数歩下がると、更に残った腕で短剣を抜きザレルに向かう。
ギャインッ!
大きなザレルの剣が難なくそれを弾き、そして容赦せずその切っ先を彼の喉元に突き立てようとする。
その時
”ザレル!殺してはなりません!”
頭の中で聞き慣れた少年の声が、痛いほどに大きく響いた。
ビクッと剣の動きが、今まさに皮膚を突き破る寸前で止まる。
「ヒューッ!ヒューッ!」
モルドの喉が、恐怖に大きく鳴った。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!殺せ!」
大きく息をすると身体が動き、息を飲むと喉仏が上下する。
そのたびに切っ先が喉に当たり、剣からしたたり落ちる血が、喉から胸へと流れていく。
ザレルの双眸が、暗闇に獣のように光る。
ああ、お前の手にかかるならば、これ以上の栄誉はあるまい・・
モルドが、ズルズルと崩れ落ちた。
「やめて・・、やめてくれー!」
最初に胸を切られた男が、剣を放り出し引きつった声で叫んだ。
もう、十分ではないか。
やるだけやった、しかしこれでは相手が悪い。
「もう、もうやめてくれ!」
ザレルがその男とモルドに視線を走らせる。
暗闇の中、モルドが失意にまみれてザレルを見上げる。
昔のザレルなら、剣を向けた者に命はない。
皆にとどめを刺すだろう・・そう言う奴なのだ。
モルドの頭に、家族の顔が次々と浮かぶ。
「・・・よかろう。」
ザレルが潔く剣を引き、モルドが驚いて顔を上げる。
信じられない顔でザレルを見て、引きつった笑いを浮かべるとスッと気が遠くなってゆく。
「子供の、守りで、変わっ・・たか・・しか・・腕は、落ちていない・・な・・」
朦朧とした意識の中で、モルドがザレルに昔のように親指を立てる。
ザレルは無言で目を伏せた。
それぞれが信じた主に仕える為に別れ、再会が斬り合いの場となった幼なじみの、これが懐かしいクセだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます