第36話 闇月夜

 キアンの更に上階の一室では、ラグンベルクとフェルリーンが窓辺で、ただ時間が過ぎるのを待っていた。

フェルリーンは、溜息をついて項垂れている。


「私も、グレタガーラ様の言われました通り、キアナルーサ様に申し上げましたが・・

不審に思われなかったでしょうか?

上手く行けばよいのですが・・それよりも私はラグンベルク様のお立場が心配です。」


「よい、心配召されるな。

たとえ謀反の汚名を被ろうと、このアトラーナと息子のためなら安い物。

ラーナブラッドさえ手に入れれば、あとはどうとでも出来る。」


「でも、ラクリス様はきっとお怒りになられますわ。」


ラグンベルクが窓を離れ、テーブルの葡萄酒をグラスにつぎ、一息にあおった。


「国のためと言えば動かざるを得まい。

あれならすぐにドラゴンマスターとなろう。

フェルリーン、我らの悲願の時も近い!

王は王たる者がなるべきなのだ!」


彼は葡萄酒を飲まずにいられないのか、次々にグラスを空ける。

心の奥で兄王を裏切る罪の意識があるのだろうか?

実際、兄王を一番慕っているのは、次男サラカーンよりも末弟ラグンベルクなのだ。

フェルリーンは、その気持ちを察して胸を押さえると、そっと一礼して部屋を後にした。




 ヒュオオオ・・・・ザザザザ・・


山から吹き下ろす冷たい風に、館を取り巻く木々がザワザワとざわめく。

山々からは時々獣の声が響き渡り、夜も更けるごとに月が明るさを増して、山肌に立つ館を青白く浮き上がらせていた。


 スウッと、一瞬月を遮り大きな影が闇に溶ける。

廊下を行く見回りの兵がふと、窓を開けて空を見上げた。

しかし空にはただ静かに星が瞬き、満月が煌々と輝いている。


気のせいか・・


窓に吹き込む冷たい風が肌を刺し、男は身を縮ませて窓を閉め、また見回りに戻った。


 パササッ・・


屋根の上から二羽の鳥獣グルクが微かな羽音を立てて飛び立ち、人影が数人、屋根に残された。

その人影は互いに頷きあいながら、屋根を移動していく。

やがて彼らは、慣れない手つきで縄を下のバルコニーへ降ろすと、ある部屋を目指してするすると降りて行った。


 短くなった蝋燭の火が、断末魔のようにいっそう明るく室内を照らす。

そのシンとした居間に、キアンの浅いいびきが寝室から漏れてくる。

ザレルは居間のソファーに座り、眠っているのか目を閉じていた。


やがて流れたロウの中、火がぽっと大きく光り、スウッと消える。

それは部屋にある数本の蝋燭が、話を合わせたようにほぼ同時のことだった。

後にはただ月明かりと、キアンのいびきとザレルの息づかいだけが残っている。

ザレルは眠っているのだろう。また蝋燭を新しく立てる気配がない。

ただじっと、彼は大きな体をソファーに休め、それでも帯刀したままの二本の剣が邪魔な様子で、動くたびにガチャガチャと大きな音を立てた。

寝室では大きなベッドに、ゆったりとくつろいだキアンが寝ている。


その寝室の窓に、黒い人影がすっすっと数人右へ左へと動いた。

分厚いカーテンを嫌って閉めなかった為に、レース一枚なのだ。


やがて音もなくバルコニーへと続く窓が開き、肌に冷たい風が吹き込んでサアッとレースのカーテンが舞い上がる。

しかし布団のふくらみは、熟睡しているのか微動だにしない。

人影は薄い煙の立ち上る香炉を部屋に置き、また窓をそっと閉めた。


香炉からは優しい香りが広がり、煙が徐々に室内を満たす。

時間をおいて一人の合図で、頭から黒い布を被った黒い人影が四人、滑る様に寝室へと進入してきた。


眠りを深くする煙だろうか?

一人がそっとドアを開け、香炉を今度は隣の居間に置く。

その間リーダーらしき男がそっとキアンを覗き込み、ハッとして布団をめくった。


いない!


布団の下には、枕があるだけだ。


まさか!気付かれたのか?!


リーダーともう一人が思わずベッド周辺を探し、他の二人が慌てて居間へと忍び込む。


「待て!」


思わずリーダーが小声で叫ぶ。


ドッ!「ぐあっ!」


しかし時すでに遅い、忍び込んだ内の一人が胸を押さえソファーへと倒れ込んだ。


「ちっ!」


バラバラと剣を手に、残る三人が居間に飛び込む。


「相手は、狂獣ザレルぞ!」


リーダーの声に他の二人も剣を構えて心した。

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