第35話 河原の悩み
暗く静まりかえった廊下に、場違いに明るい笑い声が響き渡る。
もう、何時なのかまったく分からないまま、アイとヨーコは吉井と河原の部屋に行き、四人、二つのベッドの上に向かい合って寝っ転がり、いつ終わるか分からないほどに止めどなくおしゃべりを続けていた。
キアンの頼りない王子っぷりはなかなか笑えるし、リリスの物知りぶりやこれまでの旅でのこと、ネタは尽きない。
しかし、何故か河原はここでの事をあまり話したがらず、ふと表情が暗くなるのが気になった。
「でさ、ここのほら、偉いさんが石狙ってんだってリリスが言ってんの、まあ大丈夫だろうけどさ。
リリスも苦労するわ。
でね、もー!リリスもすごいんよ!
で、ございますで致しますって、異常な程丁寧でさ!国語の授業みたくて鳥肌よお!」
「何が鳥肌よ、リリス様ー!何て言ってたくせに。アイも習えば淑やかになるかもよ。」
「バーカ、ンな事いきなり喋ったら、あたしゃ精神科行きよう!キャハハハハハ!」
「あー、うるせえ。でもよう、キアンもここに来たら人が変わったと思わねえか?
やっぱ王子だよな、あんな舌噛みそうな言葉遣いに慣れてるもん。」
「バーカ!猫かぶってるじゃん。リリスには甘えてバッカのくせにさ!えっらそう!」
屈託のないおしゃべりに、なかなか河原は入ってこない。
時々笑って、時々暗い顔で俯いて、みんな不意に心配そうな顔で話を止めた。
「ね、河原。言いたくないなら話さなくていいよ。いっぱい辛い目にあったんでしょ?怖い目にあったんでしょう?
急がなくていいよ、ゆっくり治そ。」
ヨーコの目にうっすらと涙が浮かぶ。
吉井が、河原の肩をぽんぽん叩いた。
河原はじっと無言で俯いている。
四人・・ここにいる四人は、本当の親友だ。
でも・・
河原も自分に言い聞かせながら、ぽろぽろとこぼれ始めた涙を見せたくないのか、わっと顔を布団に伏せた。
「俺・・俺・・もう駄目だ・・」
「河原よう!何があったんだ!話してみろよ!
一人で抱え込むなよ!俺、俺も辛いよ!」
吉井も鼻声で、涙と鼻水を流しながら河原の背をごしごし力強く撫でる。
部屋中が、鼻水をすする音でじゅるじゅるといっぱいになった。
「うっ、うっ、俺・・わかんないんだよう!」
「何がよ!あんた、それじゃわかんないわよ!」
「俺さあ・・なあ、どうなるんだよう?」
「だからわかんないって!」
「・・・・に、されたら、どうなるんだよう!」
「はあ?なにって?」
河原の声が、小さく、小さくなる。
みんなの耳がゾウの耳になっていると、河原は一大決心して突然大きな声で言った。
「だから!男にされたらどうなるんだって!!」
「・・・」
アイもヨーコも、そして吉井も口をぽっかり、言葉がすぐに出なかった。
「お、お、男って、状況がわかんないんだけど。いきなし襲われたん?」
みんなの心臓が何故かドキドキ高鳴っている。
「違う。一度だけ・・なんか薬で眠らされて、朝起きたら男と寝てた。」
「は、は、裸で?」
うん、と彼は青い顔で頷く。
えーと、えーと、で、何を聞いて、どう答えを出せばいいわけ?
アイの頭が混乱する。しかし、ヨーコは異常に冷静だった。
「ンで、エッチされたかわかんないって訳?」
うん、とまた頷く。
「わかった、よーくわかった。
ね、河原。あんた朝起きたとき、お尻痛くなかった?」
「お、し、り?」
「そーよ!ケツよ!尻の穴!肛門様!」
んー、と考える。
「痛くなかった。様な気がする。」
「ねえ、相手がどんなに上手な奴でもさ、普通そう言う使い方する所じゃないんだからさ!
違和感は残るよ、きっと!
それ、違うよ、何もされてないよ!」
「そう?そうかな?」
「うん!あたしもヨーコに賛成!違うよお!
それってエッチされてないよ!」
「お、俺もそう思うぜ、河原。」
何だ!なあんだ!
思い過ごしかあ!あはは!
暗かった河原の顔が、パッと赤くなった。
「そ・・そうかなあ!俺、凄くショックでさ!
朝起きて、ガーンって感じ?
泣けて泣けて、無茶泣いたらさ、御館様びっくりしてさ、待遇アップしちゃった。」
「女だったらラッキーだったのになあ。」
「吉井!」ギンッ!ヨーコが吉井を睨む。
「おお、こわ。」
一気に河原の様子がほぐれ、ホッとした雰囲気で笑いがこぼれた。
「御館様とはさ、その後も添い寝は何度かしたんだけど・・向こうの話聞きたいって。
でも最初の夜だけは裸で・・そうか、ケツがキーポイントか・・なんだ、」
「そう、そう、ケツよ、ケツが大事なんよ。」
「添い寝ねえ、変わった御館様だねえ。」
みんなもほっと一息。
河原のケツの悩みも何とか一応解決だ。
「よいしょっと・・」
アイがふと思い立った様子でベッドを降りる。
「どうしたん?トイレ?」
「うん、ついでにちょっとリリスの部屋も覗いてくる。」
「暗いから一緒に行こうか?」
「いいよ、もう慣れた。」
「ろうそく倒さないように、火事に気をつけてね。」
「うん」
慣れてもやっぱり怖い。
でも、ヨーコはやたら河原と楽しそうに話しているし、ここはがんばってみよう!
アイは勇気を出して一人、燭台を手にトイレへ向かった。
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