第34話 疑心暗鬼
・・あれが・・本当はウソなのか・・?
リリス・・あれはウソなのか?
コンコン!
「よろしいか?」
この声はザレルだ。
「何だ!リリスはどうした!」
ザレルが音も無く入ると、パタンと後ろ手にドアを閉める。
そしてそっと部屋を見回しキアンの傍により、片膝を床に付いた。
「何を泣かれている。」
「うるさい!目にゴミが入っただけだ!
お前は今頃何しに来た!」
「遅くなって申し訳ない。
リリスが伏せったので、一応報告まで。
ここは私が警護する。」
キアンがハッと顔を上げる。
だから、来なかったのか。
「部屋へ案内せい。何をしている、早う!」
キアンが立ち上がり、ガウンを羽織ってさっとドアへ向かう。
ザレルは立ち上がると密かに傍らのテーブルから果物を一つ取り、後を追った。
暗い階段を下り、少し冷たい風が吹く廊下を進む。先を進むごとに、廊下を飾るタペストリーやランプなどの装飾が質素になり、部屋のドアにも飾りが無くなって行く。
客室にもいろんな種類があって、それは身分にもより部屋数や調度品等が様々だ。
二階降りたところから、廊下の灯りも蝋燭からランプに変わった。
一体何を燃やしているのか、蝋燭より照度が格段に落ち、しかも長い廊下にほんの数カ所と、何とかぼんやり薄明かるいくらいで節約の極みだ。
リリス達の部屋はキアンの部屋より三階下の、目印にドアの横に白い花が生けてある部屋だった。
遠くにアイ達のはしゃぐ声が聞こえる。
恐らくは同じフロアの部屋なのだろう。
少し苦々しく思いながら、キアンはザレルに先導され、彼らの部屋へそっと入っていった。
キアンの部屋よりうんと狭く、特別何も飾りのない部屋には質素なテーブルに椅子が二つ。
そして幅の少し狭いベッドがその奥に二つ並んでいる。
ベッドの間には小さなテーブルと、床には飾り気のない小さな絨毯が敷いてあった。
椅子の背もたれには見慣れた白いコートが掛けてあり、ベッドには小さく布団のふくらみがある。
ザレルが無言で指を差した。
そっと、そっと足を忍ばせ傍による。
布団を覗き込むと、リリスが白い顔で苦しそうに眠っている。
彼の顔色は、薄暗いランプの明かりで一層具合悪そうに見えた。
「一体、さっきまでは元気だったじゃないか!」
リリスを起こさないようザレルに耳打ちする。
「ここに来て、限界を超えたんだろう。」
「限界?!こんなに歓迎して貰って、何が限界だと?!馬鹿な!」
思わず大きく声に出て、キアンが口を手でふさぐ。
しかしリリスがハッと目を覚まし、慌てて飛び起きようと体を起こす。
「これは!キアン様!お恥ずかしい、申し訳ございません!すぐ・・う・・・」
余程気分が悪いのか、思わず手で口を覆う。
キアンが不機嫌な顔でリリスを見下ろした。
「いいから休め!こんなに具合が悪くなるまで、どうして黙っていた!」
「申し訳有りません、申し訳有りません、こんな大事なところで、申し訳有りません。」
ポロポロと涙がこぼれ、布団にシミを作る。
一番、自分が楯にならなければならない所で倒れるなんて、従者失格だ。とんでもない大失敗だ。
ここでもし、王子に何かあったら、死んでも許してもらえまい。
まして御師様に大変な恥を掻かせてしまう。
「申し訳ございません、申し訳・・」
何度も何度も許しを請うて、それでも足りずにリリスは謝り続けている。
・・優しい微笑みにしつこい程の丁寧な言葉。あれこそがあの子の常套手段・・
フェルリーンの言葉が頭に浮かぶ。
キアンはそれを振りほどくように首を振り、リリスの手に指先でそっと触れた。
「もう、よい、休め。」
「ああ・・申し訳、有りません。」
涙に濡れた顔のリリスが、心なしかホッとしたように見える。
ザレルはリリスに心配するなと大きく頷いた。
「部屋に戻るぞ。」
くるりとドアに向かったキアンに、またフェルリーンが囁きかける。
・・・ラーナブラッドも、取られないようにお気をつけなされませ・・・
ふと立ち止まり、またツカツカとキアンはリリスに近づく。
そして、目の前にさっと手を出した。
「石を返せ。あれは僕が持つ。お前に預けたのは間違いだった。」
リリスが愕然として目を見開く。
「キ・・キアナ・・ルーサ・・様・・」
「返せと言っている。」
リリスが胸元からそっと小さな包みを取りだし、震える手でキアンの手に渡す。
キアンはそれを奪い取るように掴むと、急ぎ足で部屋を後にしてしまった。
バタン!
冷たく閉じたドアを呆然と見つめるリリスに、ザレルが手に持っていた果物を握らせる。
「今は休め、その為に二人いるのだ。」
ザレルはポンとリリスの頭を撫で、キアンの後を追って部屋を出た。
うっうっうっ・・
涙がぽろぽろこぼれて赤い睫毛を濡らし、色違いの目から止めどなく流れ落ちる。
この仕事の話が御師様の所へ来たとき、城の貴族達も良く思っていないのを心配して反対する師に、リリスは頭を下げてやらせて欲しいと頼み込んだ。
このために辛い修行を積んできたのだ。
ようやく自分も、育ててくれた御師様のために働くことが出来る。
無数に覚えてきた呪文が、役立つときが来たのだ。
そして・・見たこともない両親も、喜んでくれるかもしれない・・・
もしかしたら、自慢できる息子だと、姿を現してくれるかもしれない・・
何度も何度も、しっかりと両親に抱きしめて貰う夢を見て、募る恋しさを思い浮かべながらがんばってきたのに、それが音を立てて崩れていくのが分かる。
師の怒った顔が、浮かんでは涙に濡れた。
「御師様・・・御師様・・ごめんなさい・・
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
見えない顔の両親の後ろ姿が、遠く霧の中に遠ざかってゆく。
果物を小さな両の手に握りしめ、彼は今、ただ十三才の子供だった。
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