第26話 歩け歩け

 一行はシールーンの住む山を離れ、二日間野宿しながら歩き続けた。

途中立ち寄った村で食物を仕入れ、ザレルが狩りをしたりリリスが食べられる野草を摘んで来たりして、食べ物には不自由しない。

三日目にはリリスが近道だというままに峠道をはずれて森を進み、やがて森を抜けてそのまま山に入った。

森を行くと山の裏側の中腹へと抜ける。なるほど、勾配があって歩きにくくはあったが近道らしい。

ここはこの山の何合目だろうか。

本当にアトラーナは山ばかりで疲れる。とは言っても、さすがに歩くのに慣れた気がする。

リリスもみんなの様子を見て、軽く休みを取ってくれるので疲れがあまり酷くない。

歩く、リズムが出来た気がしてきた。


 トットットット!

後から早歩きで追いかけてくる軽い足音がようやく追いついて、また見慣れた白いコートが前を歩きだした。


「さ、皆様お疲れでしょう?またいい物を見つけて参りましたよ。

もう少しの所にいい場所がございますから、がんばって下さいませ。」


「あーはいはい、元気いいのはリリスと・・

後ろのおっちゃんだけか。」


「ふぁあー、疲れたあ。お風呂に入りたーい!」


 そしてようやく、途中でリリスが摘んできた木の実を食べながら、みんな見晴らしのいい場所で一休みとなった。

それにしても、生まれとはいえリリスは異常なほどに気配り人間だ。

歩きながら彼はさっと道を外れては、どこからか草や木の実を取ってくる。

もう少し休んだら?と声をかけたい反面、彼の取ってくる物が楽しみなのも事実だ。


「どうぞ、リナの実です。いい香りでしょう?」


リリスの手にあるのは、ブルーベリーに似た形の少し赤い実だ。甘酸っぱい匂いがする。


「種がございますからご注意下さい。

皮は噛むと爽やかな芳香がございますが、実はとても甘うございます。

鳥達の好物ですが、少し分けて貰いました。」


「へえ・・ほんとだ、いい匂い。」


本当に、よく何でも知ってる奴。

もぐもぐ食べながら、何だか何となくみんなボウッとリリスを羨望の眼差しで見つめた。


「それにしてもさあ、綺麗ねえ。」


「うん、」


空が真っ青に天気がいい。空気の味が違う。

これが本当の混じりっけ無い自然の空気か、向こうの世界じゃ滅多にお目にかかれない。


この世界じゃ、車じゃなくて馬車だもんなあ。

道にはたまに馬のうんちが落ちてるけど・・

馬・・白馬の王子・・あれ?馬に乗ってない?


「ねえ、王子ってさ、馬に乗るんじゃない?

普通それが定番じゃん。」


「う・・馬は!リリスが乗ったこと無いのだ!

僕が乗れないわけではない!

リリスが馬なんか触ったこともないからな!僕がリリスに合わせているのだ!」


キアンが真っ赤な顔でもの凄く焦っている。

実際、キアンは子供の頃に一度落馬してから、馬は怖くて乗ることが出来ない。よって移動はいつも馬車なのだ。


「はあん、あんたが乗れないんだ!でしょ!」


「うるさい!リリスが乗れないんだ!」


「やだあ!王子のクセに、馬に乗れないって、キャハハハハ!マジ、恥ずくない?!」


キアンは焦ってリリスがリリスがと騒ぎまくるが、女達は聞く耳持ってくれない。


「うう・・乗れなくて・・悪かったな・・」


小さな小さな声で、聞こえないように呟いた。


「キアン様のお心遣い、本当に助かります。」


「・・はは・・って、あれ?本当にリリスが乗れないの?」


「はい、馬は大変高価な生き物でございますから。

御師様は3頭お持ちですが、私は馬小屋の掃除をさせて頂くだけでございます。

私など、勝手に触るのも禁じられておりました。」


「お前さあ、させて頂くって・・馬小屋掃除したでいいんだよっ!」


「え?あ・・はい、わかりました。」


「ほんとにバカ丁寧なんだからよ。馬にまで敬語かよ。」


「ウンコの世話だけって、何かリリスって人生バカ見てるねえ。嫌なことばかりじゃない?」


「いいえ、小屋が綺麗になりますから、御師様も喜んで下さいます。馬もきっと嬉しいはずです、

それは私にとっても大変喜ばしいことでございます。変ですか?」


「ま・・まあね。変じゃないけどさ。」


まっとうな奴にはさすがに負ける。


「それでさ、これから向かう、その何とかってキアンの叔父さんの家って、どこ?」


ここから見下ろす景色は、昔本で見た阿蘇のカルデラを思わせる。

あれ程スケールは大きくないが、周りを大きな山に囲まれた草原が広がり、そこには羊のような動物が放牧され、中央には大きな湖が日の光でキラキラと美しく光っていた。

その向こうにはぽつぽつと小さな家が数軒見えて、そしてその向こうに・・


「何?あれ・・向こうの山の中腹に、お城?」


霞の向こう、遙か彼方に見える向かいの山の中腹に、まるで城の様に大きな建物がぼんやりと見えてきた。


「フン、ここはすでに叔父上の庭と同じだ。

ここに住まっているのは、ほとんどが下働きだからな。」


「はい、あの山伝いに小さな村がございます。

あれはラグンベルク公にお仕えされている方がほとんどですが、山向こうになるともっと大きな町が広がり、大変にぎわっています。」


「へえ、リリスは行ったことあるの?」


今まで小さな村ばかりで、大きな町なんて見たことがない。


「いえ、私はあまり町には入りません。

余程何もないときに、町はずれに食べ物を買いに行くくらいでしょうか。」


「ふうん、大変だね。」


「うふふ、それよりも、町に泊まるにはお金が沢山必要です。」


「貧乏人は野宿ってかい?」


「はい、都合の良いことに、私は野宿の方が好きですから。

でもお金を持たずに旅をしているわけではないのですよ。

旅立つ時は必ず、御師様がお金を沢山持たせてくださいます。でも、ほとんど使えずに持ち帰ってしまいます。」


「どうして?使ってさ、たまにはベッドに寝ればいいのに。」


「そうですね、ではできれば今度からそうしましょう。」


リリスは、にっこり微笑みを返した。

やっぱり、どこの宿でも追い返されちゃうんだ。何だか、人間が狭い奴ばっかりで嫌になっちゃう。

アイは、リリスの赤い髪を見て溜息が出た。

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