第25話 元気を出して

 翌朝、キアンは川の前に立つとアイからラーナブラッドを受け取っていた。


「ん?お前どこに入れていたのだ?暖かいぞ?」


「あら、ここよ、こ、こ、胸の谷間よん。

それ、貸すんだから返してよね。」


「ほお・・・」

キアンが赤い顔で石を撫で撫でする。


「ちょっと、あんた手がやらしいよ!」


「ケッ!お前の谷間って、どこよ?背中?」


「むっかあ!ここよ!この豊満な胸に決まってンじゃん!」


アイが吉井にグッと胸を張る。


「豊満って、あんたパッド入りじゃん。」


「ヨーコ!乙女の秘密をばらしたわね!」


「何だ、ニセ乳かよ!やっぱ!あはははは!」


くそお!アイは思わぬ所で恥かいた。


「さ、キアン様。シールーン様がお待ちでございます。」


「ん、わかった。吉井よ、よく見ていてくれ。」


「おう、キアンがんばれ!」

「丁寧にね、がんばんなさいよ!」


「うん。」キアンがラーナブラッドを両手で包み込むように持ち、膝を付くと川に向かって差し出した。


「水を統べる偉大なドラゴン、シールーンよ。

私はアトラーナ王の第一王子キアナルーサ。

古よりの約定に乗っ取り、このたび十三の誕生を迎える事になりこうしてやってきました。

えーと・・どうか私の前に、その姿を現したまえ。ラーナブラッドに誓いを授けたまえ。

シールーンよ。」


たどたどしい言葉だが、これで精一杯。


パシャン!


虹色の魚が跳ね、そして水面に美しいシールーンが姿を現した。

ゴクリ、キアンが一息息をのむ。


「シールーンよ、我が願いを聞き届け、ラーナブラッドに誓いを立てたまえ。」


じっと、シールーンがキアンを見下ろす。


ホホ・・ホホホホホ!!


「何と面白い王子よ、一夜で変わったか?

まだまだ勉強不足は否めぬが、リリスよ、そちに免じて許してやろう。

じゃが、お前は王としての勉強が足りぬ。

石さえお前を認めておらぬではないか。

もっと視野を広げるがよい、偏った知識は後にお前自身を苦しめることにもなろう。

もっと、人の心を勉強するがよい。

今のお前には、王としての片鱗も見えぬ。」


キアンの顔色が、さっと白く変わった。


「でも、私は王位継承者!あなた方の誓いを貰わなければ、帰ることも出来ません!」


「キアナルーサよ、苦しむがよい。

世にはお前の思うようにいかぬ事もあるのだ。

我は水と共にあり、水を通してお前達と共にある。

キアナルーサよ、お前に王が見えた時、私はすぐにでも誓いを立てよう。今は旅を続けよ。」


パシャーンッ!


シールーンは、そのまま水に戻ってしまった。

キアンがその場に呆然と座り込む。


これで二人・・失敗した・・


もう、駄目かもしれない・・


「リリス。」

「はい。」


シールーンに、お前からも頼んでくれ!

どうしてお前は黙っているんだ!

口からそう、声が出そうになる。

でも、それは王がすることじゃない。リリスはそれを分かっているから黙っているのだ。


「リリス、父上も母上もさぞ肩を落とされるだろうな。」


「キアン様、いずれきっとドラゴンたちも分かってくれますとも。

あの出立式の時、お二人とも失敗を恐れずがんばれと仰ったではありませんか。」


リリスの脳裏には、キアンが優しい母王妃からしっかりと抱擁される姿が、父王がしっかり大きな手で何度も肩を叩いて力を与えている姿が思い浮かぶ。

リリスとザレルは、くれぐれも大切な息子を頼むと何度も頼まれた。キアンが羨ましくて胸がきゅんとしたのが思い出される。


あれが親という物なのですね、御師様。

私の両親も、どこかで見てくれたのでしょうか・・喜んでくれたでしょうか・・?


「キアン、ほら立て!元気出せよ。

シールーンも言ってたじゃん、お前が立派になったらすぐにでもオッケー出すって。

大丈夫、元気出せ。さあ、行こうぜ!」


吉井がキアンの背をドンと叩いた。

またぽろっと出そうな涙をグッとこらえ、キアンが元気に立ち上がる。


「誰に物を言っているか!僕はいたって元気だ。

よしっ!行くぞ!リリス!何をいつまでも項垂れている!早う案内しろ!」


「はい、承知いたしました!

では今度は向こうの崖まで参ります。」


「え?向こうって?」

「え?」


「風よ!我らの翼となれ!フィード・ラス・ファラス!風よ!我が元へ集え!」


ゴオオオオオッッ!!!


「ぎゃああ!どうしてそう、いきなり何よお!」


もの凄い突風が吹き荒れる。みんなが慌てて自分の荷物をそれぞれ抱きしめた。

竜巻のような風に身体を持ち上げられ、アイとヨーコはスカートを必死で押さえ込む。


「ひい!!たっ助けてえ!」


やがてふわっと体が軽くなり、ついで足が浮き上がった。


「きゃあ!きゃあ!きゃあ!きゃあ!」


落ち着いているのはリリスとザレルだけだ。

後は力の限り悲鳴を上げながら、崖の上へたどりつくまで足をバタバタさせていた。


 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、」


みんな真っ青で、へたり込んでいる。

空を飛ぶのは昔からの人間の夢とは言うが、果たしてあれを気持ちよいと言えるのか?

びゅんびゅん竜巻の中で足は地に着かず、もしフッと風が途切れたらどうしようと言う恐怖に怯える。

どんなに優れた術者と言えど、怪しい魔法など半分以上信用できない、頼りない。マジで死ぬかと思った。


「空を飛ぶのは気持ちがよい物でございましょう?私も大好きです。」


にこにこ邪気のない顔でリリスが話す。

フッ、これが好きそうな顔に見えるかいっ?!


「本当に、便利なお力です事。」


ヨーコが皮肉たっぷりにリリスに微笑む。


「ええ!私もこの術を十分使いこなせるようになったのは、つい最近なのですよ。

皆様のお力になれて、ようございました!」


げっ!


リリスの言葉にみんなの顎がはずれ、一層青ざめたのは言うまでもなかった。

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