第27話 石の変化

 また歩き始めてしばらくすると、リリスが後ろのザレルに珍しく相談を始めた。

ザレルは黙って耳を傾けている。が、

表情一つ変えない彼は、聞いているのかどうなのか、さっぱり分からない。


「・・・公は、どうされるでしょうか?」


ザレルは無言で前を見据えている。

リリスは並んで歩きながら、俯いて溜息を漏らした。


「有事無くして無事はない。その為の我らであろう。」


ぼそっと太い声で、視線もそらさない無骨な戦士がそうリリスに呟いた。

リリスの顔がキッと締まり、大きく頷く。

彼はさっとキアンに駆け寄り、思うことを話すことにした。


「キアン様、恐らくはもうすでに公には気付かれていると思いますが、公の屋敷に知らせを走らせましょう。」


キアンがびっくり目を見開く。


「しかし・・叔父上は・・」


先に知らせを入れることで、どんな罠を用意されるかと思えば心配が大きくなる。

血族とは言え、今は敵なのだ。


「ちょっと!そいつ、この宝石狙ってるんでしょ?やばくない?何でわざわざ行くのよ!」


「ご心配はもっともでございますが、面と向かって狙われているわけではありません。

何しろこれを狙うのは玉座を狙うこと。

ですから傭兵共を使って、決して自らが表に出る事がないよう秘密裏に狙っておいでです。


手にさえすれば、後は何とでも言えます。

だからかえって正式に堂々と訪れた方が安全なのです。気は抜けませんが。


なにより、この向こうが火のドラゴン、フレアゴート様のいらっしゃる山でございます。

ここを通るのに正式に立ち寄りもしないとなると、王子のお立場が悪くなります。」


リリスの厳しい表情を見ると、何だかちょっと怖くなる。

どうやって忍び込むのかとは思っていたが、まさか正面切ってとは・・

直に河原を返せと言うつもりだろうか?


「分かった、お前達に任せよう。」


キアンが珍しくキリッと王子らしい顔できっぱり言った。


「は、では。」さっと一礼して先を走る。


リリスは道が大きくカーブする先端の、見晴らしの良い場所へ立つと、公の屋敷の方向に向かって手を差し出す。

みんな立ち止まって後ろで見守った。

やがて小さな声で、何かぶつぶつと唱え出す。


ヒュウウゥゥ・・ビュオオオ!


風がリリスの手に絡み付くようにつむじを産んで、やがてそれをリリスは手の平で優しく包み込んだ。


「風よ、風よ、白き翼の御霊を育め。

我が手の中に、仮初めの命よ、ファルド・コン・コルド。」


ピュルルル!バサッバサッバサッ!


「あっ!鳥だ!」


リリスがまるで手品のように風から作って、手の中から出したのは美しく真っ白い鳥!


「さあ、公の屋敷へ伝えておいで!」


ピュルルルル!!ピイーーイーー!!

バサッバサッバサッ


ぽかーんとアイ達は、どんどん小さくなって行く鳥を口を開けて見送った。


「リリス、あの鳥・・あたし見たことあるよ。」


アイがボウッとリリスの後ろから話しかけた。

振り向いたリリスは、微笑みを讃えて優しく頷く。


「お気づきでしたか?あの日、ラーナブラッドを鳥に捜していただいたのですが、一歩違いでアイ様が先に拾われたのです。」


「うん、近くの木に留まって、ずっと見てた。」


あの時、ひときわ珍しい、サギよりも小さいこの鳥の美しさに、思わず見とれたのだ。


「ねえ、今まで不思議だったけど、どうして私から無理矢理にでも奪い返さないの?」


「あなたは悪い方ではありません。」


そんな即答されると困っちゃう。


「悪い奴かもしんないよ。質屋に持っていって、お金に変えちゃうかも。」


「うふふ・・そんな事、しなかったではありませんか。」


それは結果論でしょうに。


「したらどうしたの?」


「さあ、しなかった事について考えても、それは無駄でございましょう。」


きょとんとして首を傾げるしぐさが何だか、すっごく可愛い。

何て人だろう・・・・・うう、負けました。

アイは制服の下に手を差し入れ、ラーナブラッドを取りだした。

石は変わらず不思議な感触で、透き通った輝きを放っている。アイは表面を制服の裾でキュッキュッと磨き、ハイとリリスに手渡した。


「これ、返すわ。リリスにゃあ負けたよ!」


「ありがとうございます。あっ・・」


「あ!何これ?!色が・・」


石は、リリスの手に渡ったとたん、フワリと淡いピンクに変化した。

驚いてキアンが飛びつき、さっと手に取り日にかざす。


「やった!やったぞ!色が少し変わった!」


「これ、色が変わるの?!」


「ああ、最後はドラゴンの誓いを受けて、血の色になるのだ。その時正式に僕に王位継承権が生まれる。」


「じゃあこれは?キアンのパパが真っ赤にしたんでしょ?これ、色が消えてるじゃん。」


「これは王の子が十三になった時色が消える。

それが旅立ちの合図、ドラゴンとの契約が切れた証だ。

だから僕は急いでドラゴンと再度契約しなければならない、ぐずぐずしている暇はないんだ。」


なるほど、子供が大きくなったら契約はリセットされるらしい。つまり今、ドラゴンたちはフリーな訳だ。


「でも良かった、石が僕を認めてくれて!」


「えー?でもさ、リリスが持ったとたん色が変わったんだよ?あんたかんけーないじゃん。」


キアンがムッとしてアイを睨む。


「これには僕の血を吸わせて、僕が契約しているんだ。お前こそ異界人だから関係ない。」


「げ、あんたの血がくっついてたの?それ。

きたねーの!やだ!」


「失礼な!汚くないぞ、これは神聖な物だ!」


リリスがさっと跪き、キアンに頭を下げた。


「王子、おめでとうございます。これでドラゴン達の忠誠も、得られやすくなりましょう。」


「ああ、これもお前達のおかげだ。」


およ?キアンの口からそんな言葉が出るなんて、成長したかな?

吉井がニヤリと笑う。


「リリス、これはお前に預けておく。

僕はうっかり屋だからな。お前なら間違いはない。」


「うん、それ正解、キアンは抜けてるもん。」


「何い!アイ!貴様女のクセに無礼だぞ!」


跪いたリリスが、うやうやしく両手を差し出す。キアンはその手にラーナブラッドを渡した。


「確かにこのラーナブラッド、このリリスが命に代えましてもお守りいたします。」


「うむ、頼んだぞ。」


ザレルも珍しくキアンに跪く。

本人が気が付かない内に、この旅で少しずつ成長しているキアンを見るのは、期待していなかっただけにザレルには楽しくなっていた。

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