第21話 水の聖域へ

 一行はその後、道を外れて森の中を下っていた。

森の中は鬱蒼と暗く、シンとした中を時々鳥の声が響き渡る。

緑に溢れた森の匂いを嗅ぎながら、一歩一歩丁寧に歩かないと下草はじめじめと滑りやすい。

その上、草が茫々とした中を一歩踏み出すと多数の虫が飛び交う。

リリスが虫除けの薬草をすりつぶし、その液を水で薄めて足に塗って難を逃れてはいるが、何せ都会育ちのアイとヨーコは始終キャーキャーと逃げ回っていた。


・・が、それも次第に慣れてきたようだ。

ようやく落ち着いて言葉少なくなっている。


「お前ら、やっと疲れた?元気いいの!」


さすがに吉井も呆れ気味だ。


「もーキャーキャー言ってると疲れるのよ!

ねえ!どーしてこんな所通らなきゃ、そのシールーンには会えないわけ?

川下には神殿もあるんでしょ!そっちに行けばいいじゃん。」


確かに、神殿への道行きはこれほど辛い物ではない。

途中出会った巡礼者も、神殿への山裾沿いの道を行くらしく途中で別れた。


「神殿へは道もあるんだろう?」


キアンも多少納得できないようだ。


「あの神殿は、人間が建てた物です。

水は最も生活に欠かせない物ですから、シールーン様も容認されてはいられますが、あまり川下の神殿へはお近づきにはなりません。

上流の、人を寄せ付けぬ谷間にお住まいされて、人に会おうとはなさりませんから、そこは聖域となっております。」


「えーと、つまり人嫌いって訳?じゃあ神殿って意味無いじゃん。

リリス様は会ったことあるの?」


「はい・・あの、どうか私のことはリリスとお呼び下さい。申し訳有りません。」


リリスが俯いて、申し訳なさそうにアイ達に頼んだ。

下男として育てられた彼には、様と呼ばれることにどうしても違和感を感じてしまう。


「とーぜんだ!どうしてお前に様なんだ!」


キアンは鼻息荒く、腹立たしげにアイ達を睨んでいる。


「やだ!マジでよろしいんですか?やだあ!」


キャーッと、何だか反応がちょっと違う。


「おい、女!呼び捨てがどうしてそんなに嬉しいのだ!僕のことは初めから呼び捨てで、何か差別だぞ!」


「むかつくって言えよ、キアン。」


吉井はちょっと呆れている。


「なあ、リリス。お前も少しくらい言葉を崩してみろよ。」


「そうよ!仲間には敬語なんて抜き抜き!」


「も、申し訳ありま・・」


「ち、がーーーう!!こうよ!

ごめんごめん、悪い!って、ほら言ってごらんよ。」


「ええ!そんな・・恐れ多い・・」


戸惑う戸惑う、真っ赤になって見ていて面白いくらい可愛い。


「ほら、言ってみ!ごめんごめん!」


「ご・・・めん、ごめん・・・下さい・・」


「下さいはいらないの!ごめーん!」


「あっ、えと・・ごめん・・わ、わる・・」


「聞こえないよ!ごめんごめん、悪い!」


何度も何度も言い返して、リリスいじめはマジ楽しい。

みんなの笑い声が、森中にこだまして心寂しさを吹き飛ばす。


「下らぬことを吹き込むな、呆れた奴らよ。」


そう言いながら、キアンも何だか面白そうに眺めている。


「もう、お許し下さいアイ様。

今日の目的地はもうすぐでございます。

ただ、川には少し崖を下っていただきますから、どうぞそのおつもりで。」


「げえっ!崖えっ!あたし無理!無理だよお!」


「あたしも高いとこ苦手!やだ!どうしよう!」


「う・・俺も・・」


してやったり、今度はリリスがいじめる番だ。


「さあ、いかが致しましょうか?皆様。

ああ、確かこの森にはグリンガと申します大型のクマもおりましたか?ふふふ・・」


みんなの顔が青ざめる。もちろんキアンも。

くそおー・・

いきなりヨーコがくるりと振り返った。


「ちょっとザレル!あんた背負って降りてよ!

ガタイがでかいんだからさ!軽いもんでしょ!」


シー・・・ン


返事など、もちろんあるわけない。

大体頼んでるクセに態度がでかすぎる!


「うふふ・・ザレル、いかがしますか?」


楽しそうにリリスがザレルに問うた。

ザレルはじっとリリスを見て項垂れる。

何だかにやっと笑ったように見えた。


「断る。」


「やっぱりー!!」


絶望的な返事は予測通りではあるが、ザレルが返事するのも珍しい。

彼はどちらかと言うとリリスと親しく見える。

二人の関係にも興味が出てきて、女子中学生二人は顔を見合わせ笑った。


 ビョオオオ・・・


谷間に強い風が吹きすさぶ。

まったく、リリスが言った少し崖を下ってと言うのも、彼にとっての少しなのだろう。

ここですと、リリスに言われ四つん這いになって切り立った崖から下を覗いてみる。

遙か下の方に、サラサラと川が上流にしてはゆったりと流れている。

吸い込まれそうな高さに、フッと気が遠くなりそうな気がした。


「まさか、ここを降りるの?」


リリスが、青ざめる一同ににっこりと微笑む。


「空を、飛んでみたいと思われたことはありますか?」


どおおおおーっと汗が流れた。


「飛んでみたいはあるけど、死にたいはないわよ!!冗談無しにして!」


「では、まいりましょうか?」


「うむ、」


「え?」

「え?」

「え?」

「ひいいいいー!!」


リリスの合図に、ザレルが思いっ切りみんなを突き飛ばした。


「ぎゃあああああああああ・・・」


ザレルと、そして自らも崖を飛び降りる。


「風よ翼となれ!フィード!」


ブワッ!!ゴオオオオ!!


「ひゃああ!!」

「キャアアア!キャア!ギャアア!」


いきなり上昇気流のように、風が下から吹き付ける。そして一人一人を包み込むように風が取り巻くと、ゆっくりと川のたもとへ無事に降り立つことが出来た。

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