第17話 山越え
チュンチュン、チィーピピピ!
色とりどりの鳥たちが、人の気配に次々と飛び立ってゆく。鮮やかな緑の中で、清々しい朝の空気を思い切り深呼吸すると、冷たくモヤに湿った空気が肺に心地よい。
「ん、あー眠う!」
アイが大きく両手を伸ばす。
こんなに早起きするのも、小学校の夏休み恒例、朝の体操以来だ。
ああ、あの頃は帰りに豆腐屋さんで揚げたてガンモを買って食べるのが楽しみだったっけ。
だからこんなに太ったか?
「アイ、足は大丈夫?」
「ん、今ンところは無事。リリス様の薬草効いたみたい、赤みが引いたもの。」
「それはようございました。」
アイは先を軽快に歩くリリスが羨ましい。
彼を見ていると、何だか自分の足音がドスンドスンと聞こえそう。
それにしても、いくつもの枝の様に別れている道を、迷わずさっさと歩くリリスは、この山道を何度も歩いた事があるようだ。
道を一歩はずれれば、鬱蒼とした森が広がっている。ヒョイと何か出てきそうだ。
キアンは今のところ黙ってひたすら歩いている。ザレルはみんなの後ろをとって、守ってくれているらしい。
しかし目の前に続く急な山道に、おしゃべり二人組もどんどん無口になっていった。
「ハア、ハア、ハア、きっつう!死ぬう!
下りは・・まだ?!ちょっと休もうよ!」
空を仰げば、随分日も高くなってきた。
アイ達の前を歩いていたキアンも、とうとう背をザレルに押して貰っている。
それでも、何とか泣き言は出ていないのが少し男らしくなったかな?
「はい、ではもう少し先に水が出ているところがございます。
そこが休めるようになっておりますから、後少しご辛抱下さい。」
振り返るリリスは、全然息が乱れていない。
何てタフな奴!見かけと全然違うじゃん!
何だか感心するより呆れながらしばらく歩くと、確かに座れるほどの石が数個転がっている小さな広場に出た。
着くとすぐにリリスは、あとをザレルに任せて森の奥へ消えてゆく。
後ろにそびえる岩場からは確かに、水がチョロチョロと沸いていて、すくって飲むと、無茶苦茶冷たくて美味しかった。
「ぷはあっ!あー、生き返る!ほら、キアン、あんたも飲みなさいよ。美味しいわよ。」
アイがゼイゼイ死にそうな顔で座っているキアンに声をかけた。
しかし、どうやらお気に召さなかったらしい。
凄い顔で睨まれた。
「き、貴様!ど、どー・・はあはあ、してリリスは様で、はあはあ、僕は呼び捨てなんだ!逆だ・・ろーが!」
「あら、やあだあ!だって、あっちはあたし等のアイドルだもん!とーぜんよ。」
「あいどる?何だそれは。」
「ホホホ!カッチョいい男のことよん!
あんたはちょっと、ハズレよねえ。
まあ参加賞ってとこ?」
「参加賞・・訳がわからんが、どうもバカにされているのはわかるぞ。」
むかつくキアンの肩を、ぽんぽんと誰かに叩かれた。見上げれば、吉井が首を振っている。
「まあまあ、あいつ等の言うことにいちいち腹立ててたら、寿命が十年ずつ縮まるってもんよ。
俺だって予選落ちって言われてんだぜ。」
「むう・・」
同情は嫌だが、少し違う気がする。
キアンは吉井をじっと見て、フッと笑い首を振った。
「まあ良い、何の役にもたたんお前も可哀想な男よ。たまにはお前の言うことにも耳を傾けてやろう。」
何いー!!吉井が拳を振り上げ、アイに止められた。
「まあまあ、こいつの言うことにいちいち腹立てンじゃないわよ。」
まったく、どっちもどっちだ。お互い役立たずには違いない。
やがて、どこからかリリスが帰ってきた。
「さあ、キアン様。このラミカの葉をちぎって噛んでご覧なさいませ。疲れがスッと楽になりますよ。
さあ、皆様もどうぞ。」
手にいっぱい、何かハーブだろうか?休みもせず、森の中にこれを探しに行ったのだろう。
みんな一枝ずつ取って、くんくん匂いをかぎながら葉をちぎって口に入れてみる。
「あ、ミントみたいな味がする。
わあ!飲み込むと、お腹の中までスッとする!」
「やだ!何か凄く気持ちいい!」
「ほんとだ、なあキアン。」
「・・・・うん、いい気持ちだ。」
吉井にキアンがはにかみながら笑い返す。
リリスはキアンと三人の様子に、おや?と目を丸くして微笑んだ。
「ねえリリス様はこの道通ったこと有るんだ。
いっぱい道別れてるのに、良く知ってるね。」
「はい、私は修行のために良く一人旅をしますから。もう何十回通りましたでしょう。」
「へえ、凄いね。幾つから修行って始めたの?」
この年で王子の従者を任されるなんて凄いことに違いない。
「そうですね、修行を始めたのは・・4才の頃でしょうか。
一年後から時々旅に出て、自然に鍛えていただきました。」
「5才で一人旅?!幼稚園じゃん!」
やっぱりちょっと凄すぎる。
「なあ、いただきましたってお前、何にでも敬語使うの変だよ。
どうしてもっと軽ーく喋れないかなあ!俺達には普通にいいんだぜ。」
吉井の言葉には頷ける。どうもリリスは堅苦しくて、まるで国語の授業だ。
しかし、リリスは困った風で俯いて、ちょっと考えていた。
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