第16話 覗き魔退散
「リリス!リリス!」
キアンが恐怖で声を上げる。
”まあ、何てお声、キアナルーサ王子。
ホホホ・・おやまあ、良いところで見つけた。
リリス、お前も美しい少年におなりだねぇ。白い肌に赤い髪がよう映える。
ホホホ・・良い目の保養じゃ。”
ザザザザザーンッ!!
浴槽の湯が下から滝のように立ち上り、その表面にグレタガーラの姿が映った。
水鏡で見ているのだろう、黒い扇で口元を覆っているが、目はほくそ笑んでいやらしい。
リリスはしかし、慌てる風でもなく湯に浸かったままで、またグレタに微笑みかけた。
「お久しぶりでございます、グレタガーラ様。
お元気で何よりでございます。」
”まあ、小憎らしい、少しは慌てて見せよ。
その湯、凍り付かせて見せようか?”
「それは困りました。しかし、淑女のあなた様がどうぞ場所をわきまえて下さいませ。」
リリスがヒュッと片手でグレタに向かって風を切った。
パーーンッ!”ヒイッ!”
グレタの身体が両断されて、立ち上がる水が霧になって散って行く。
サアアア・・・
あとにはまた、あっけなく湯の流れ出る音のみが響き渡り、元の静粛が戻った。
「リリス?どうなったのだ?」
「まことに、湯殿を覗くなど、淑女のなさることではありません。
今の方は、ラグンベルク公にお付きの魔導師、水のグレタガーラ様でございます。
さあ、そろそろ上がりましょうか。」
「え?心配いらないのか?殺したのか?」
「はい、ご心配いりません。さあ、上がりましょう。夜遅く、リリスに付き合っていただいてありがとうございます。さあ、」
「うん。あ、自分で拭くぞ。自分の事はやる。」
「はい、そうして頂くとリリスは助かります。」
促されてキアンは恐る恐る浴槽を出ると、壁に掛けてあるタオルを取った。
並んで体を拭いているリリスは、別に変わった様子もなく平然としている。
心配いらないんだ。リリスといれば・・
「ようし!さっぱりしたからよく眠れるぞ!」
「はい、明日は山越えでございます。よく眠って、明日に備えて下さいませね。」
「うん。明日は絶対泣き言は言わないよ。」
「ふふっ!はい、承知しました。」
キアンはリリスの優しい笑顔に励まされて、明日もがんばろうと湯気の合間に見える星空を仰いだ。
一方、追い払われたグレタガーラは・・
「おのれえーー!あのガキ!ヘーックション!」
頭からカメの水を被り、濡れネズミの姿で彼女は、唇をぎりぎりと噛みしめてカメの底に残った水を覗き込んだ。
しかし、これでは水鏡は使えない。
腹立たしげにカメを一蹴りして、水を吸ったドレスの重みに足を取られドスンと転ぶ。
「痛い!神経痛が・・えーい!痛い!キィー!
腕の一振りで術を跳ね返しおった!
おのれ、もう子供とは侮るまい!見ておれよ!」
リリスの穏やかな微笑みが、その内にある力を覆い隠して油断してしまう。
グレタガーラは、一瞬で追い払われた屈辱に爪を噛みながら、復讐に瞳を燃え上がらせた。
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