第15話 お風呂で心も裸に

 空には澄んだ空気に沢山の星が瞬き、窓の下の表通りには、家々からぼんやりとランプの灯りが漏れている。

人の気配がザワザワと、店から通りに響いて少し騒がしい。でもずっと寂しい山中を歩いていたから、他に人がいるのにホッとする。

窓際に洗濯した下着と靴下を干し、ほんの少し窓を開けると、肌寒い風が洗い立ての髪に心地いい。

温泉で温まった体を冷ましながら、アイは窓辺でボウッと外の通りを眺めていた。


「リリス様って、優しいよねえ・・」


先程、風呂から部屋に帰る途中でリリスは、アイを呼び止めると足を手当てしてくれた。

良く気が付いて、ほんとに優しくて、見た目も最高で、乙女のハートには矢がドスドス刺さりまくりだ。

そんな彼も、育ててくれた御師様の話になると本当に嬉しそうだった。


「ええ、御師様はとても立派で高貴な方です。」


彼の顔は、パッと輝いて見えた。


立派な方・・かあ・・

もう親だよね、本当に好きなんだ・・


でも、変なの。

リリスは召使い慣れしてる。

御師様って人もリリスのこと、子供みたいに思っていないのかなあ・・変だよ・・


ぶつぶつ呟きながら、アイは預かっている宝石を制服のタイに包んでブラにくくりつけた。

服を着る時は胸の谷間に押し込む。

貧乳だが谷間はあるのだ。


「ねえ、見てよアイ、リュックの中さあ。」


確かに不自由はしないが、二人は改めて爺が持たせてくれた荷物に絶句していた。

石鹸、タオル、歯磨きセット、それに何と、替えの下着・・スポーツブラにパンツ、それにTシャツ一枚まで入っていたのだ。


「あのスケベ爺、どんな顔して買いに行ったんだろうね。きっとさ、あたし達がこの世界に来るの、予見してたんじゃない?」


「先が見えるって言ってたもんねえ。それにほら、リリス様の服だって、何とかってブランドのタグ付いてたよ。」


「うっそお、じゃああれってあっちの世界の服じゃん。」


ドンドンドン!


「俺でーす!吉井君でーす!開けて下さーい!」


「はーい!開けまーす!」


鍵を開けると、吉井がそうっと忍び足で入ってくる。

ザレルは二部屋しか取ってくれなかったので、この部屋は異界人トリオ、つまり吉井も同室になってしまったのだ。


「どうしたんよ?」


「だってさあ・・わあっ!こんな所にパンツなんか・・ブ、ブラジャーまで干すなあ!」


真っ赤な顔して、こそこそ入ると椅子の向こうに隠れた。

フッ、純な奴・・


「あんたねえ、今からずっと一緒じゃん、パンツとブラぐらい慣れなよ。

ほら、あんたもここに干せば?」


パシッと手に持っていた下着を取られ、バサッと広げられてしまった。


「キャー!吉井の下着!見て、ブリーフよ!」


「やだ、ブリーフってこうなってるんだ!」


「わあっ!やめてくれー!」


「やだあ!これさっきまで吉井履いてたんだよね!きゃあ!やだあ!」


「もう見るなあ!返せよ!頼むからさあ!」


ドタバタキャーキャー、下の騒ぎにも負けない、元気いっぱいの中学生だった。




 篝火に照らされ、石を組み上げ作り上げた広い湯船に、チョロチョロと湯の流れ落ちる音が辺りに響く。先程まで大勢の人がくつろいでいた浴場の湯気が、肌寒い空気にフワフワと雲のように立ち上っていった。

空には満天の星だが、周りには風を遮るように板が巡らせてある。しかし数カ所に出入り口があるのを見ると、ここは共同の浴場でもあるようだ。

そして湯気の中に二人、人を避けるように夜半遅く入る姿があった。

一人は金髪に白い肌、小太り。そしてもう一人は、白い肌に痩せてやや骨の浮き出た身体。

赤い髪は薄暗い灯りでもやけに目立っている。

言うまでもない、リリスとキアンだ。

湯船にゆっくりと身を沈め、丁度良い温度が肌をキュッと締めて心地よい。


「ああ、気持ちいい、風呂も久しぶりだな。

やっぱりもう、野宿は嫌だ。」


口を尖らせるキアンに、リリスが微笑む。


「キアン様、野宿をしてこそ風呂の良さも、ベッドの気持ちよさも分かるものでございますよ。

身体一つ、自然の中に落とすと、いろんな物が見えてまいります。」


「お前、本当に僕と同い年か?爺臭いな。」


「え?あ、はい、恐らく・・」


言われて、ふと、考えた。


年・・年か・・本当に、同じなのかな・・?


王子が生まれた年に拾われたと、以前御師様に聞いた。

でも、赤ん坊の年がわかるのだろうか・・

リリスは俯くと黙って目を閉じている。


「どうした?」


「いえ、私は、いつ生まれたのかなと・・

いえ、何でもございません。失礼いたしました。」


風に乗って、壁の向こうからひとひらの葉が湯に舞い降りた。

波紋が広がり、小さな葉は小舟のように湯面に揺れる。思わずそれに見とれていた。


自分にも、父と母はいるのだろうか・・・?

髪と目の色が普通だったら、父母は捨てなかったのだろうか?


・・・御師様・・・・


スッと、誰かがリリスの手を力強く握った。

顔を上げると、キアンが目を尖らせている。


「リリス、リリス怒っているのだろう?

そうだな、僕はこの苛立ちを押さえきれずに、お前に辛く当たっているんだ。

僕は・・僕はお前に謝らなければ!

許せ!リリス、許せ!これでよいか?」


何だか、くすっと吹き出しそうになった。


「はい、ありがとうございます。」


「リリス、お前はもっとあの女達のように怒っていいのだ。何故怒らない。

知っている、僕は我が侭なんだ。だからお前達は、とても苦労するだろうと女官達が隠れて話していた。

何だか嫌な気分だった。

だから、もっと怒られる事が必要なんだ。」


「キアン様・・」


少し驚いた。

キアンなりにそんな事を考えていたのかと、リリスが優しく微笑み返す。


「キアン様、あなたは本当にお優しい・・」


ピクッとリリスが視線を走らせる。


「リリス?」


「・・・キアン様、動いてはなりません。」


リリスの顔がキッと締まる。キアンは不安な顔でしっかりとリリスの背中に隠れた。

ゆらゆらと篝火を灯していた湯面が大きく揺らぎ、見ていると湯面の灯りが一つに集まり、眩しく輝く。


”ホホ、何と麗しい、フフ・・ホホホホ!”


突然甲高い女の声が辺りに響き渡った。

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