第14話 赤い髪
「ザレル、部屋は取れましたでしょうか?」
ザレルが無言で頷き、宿の中へ案内する。
皆で食堂に入ると一斉に注目を浴びて、ザワザワしていた店内が、スッと波が引くように静まりかえった。
「な、何?」
アイがヨーコの手をギュッと握る。
村人達の好奇の目、目、目。
この村に入った時から感じていた視線は、気のせいではなかったのだ。
しかしそれは、自分たちではなくリリスに向けられる物だと気が付いた。
「二階だ。」
ザレルが階段を上がり、リリスがそれに続く。
「ちょっと待ちな!」
宿の主人らしい男が、カウンターの向こうから大きな声で怒鳴った。
「あんた、その赤い髪の子だよ。あんたも泊まるのかい?ちょっと、困るんだがね。」
リリスが少し俯いて、王子の手を離すと先に行くように背中を押す。そしてカウンターへと歩いていった。
しかし背を押されても、何やら気になって先
に行く気などしない。宿の主人は、あからさまに嫌な顔をしている。みんな階段の上から、心配そうにリリスを見守った。
「あんた、その髪・・何だ目も色違いか、気味が悪いな。
悪いがあんたのその姿は酷く縁起が悪い。出来れば泊まって欲しくないんだがね。」
「申し訳有りません。しかし、私は必ず行動を共にしないといけないのです。
今夜一晩、どうかお許し願えませんか?」
主人は眉をひそめて考えている。
にこにこ愛想良く微笑むリリスに、やがて主人も何とか頷いてくれた。
「わかった、でも割増料金貰うよ。
気味が悪いのに、仕方なく泊めてやるんだ。
いいね、食事も目立たん様に何かかぶり物して、その階段の影でしてくれ。
悪いが、訳はあんたにも分かっているだろう?
じゃあ、前金で貰うよ。」
「ありがとうございます。助かります。」
リリスは散々悪口を面と向かって言われても言い返さない。
何となく慣れている風でいて、アイ達は言い返してやりたい言葉を、ごくりと飲み干した。
窓から見える山の向こうに、夕日が鮮やかな色で空を染めながら隠れてゆく。
一行も食事を済ませて部屋に入ってみると、部屋に差していた西日が、次第に暗く闇に溶け込み始めていた。
この世界には、まだ電気は普及していないらしい。別室のリリスが来て、ランプに灯りを入れてくれた。
「浴場は廊下の奥に、裏へ降りる階段がございます。暗いですからどうぞお気をつけて。」
「まさか温泉?!ラッキー!」
「はい、アトラーナは山に囲まれておりますから。冬は寒うございますが、良い湯に恵まれております。
でもきちんと戸締まりをしておいで下さいね。」
「はーい。わかりましたー!」
「では、失礼します。お休みなさいませ。」
「あ!待って!」
ヨーコがすかさず呼び止めた。
「ねえ、どうしてあんな酷いこと言われて言い返さないの?酷い差別だよ、向こうの世界じゃ許されないことだよ。」
鼻息の荒いヨーコの言葉を、リリスはいつものように微笑んだまま黙って聞いている。
そして開けかけたドアをまたパタンと閉めて、リリスはヨーコに話してくれた。
「アトラーナには遙か昔、人の力を越え、その力に驕った為に、この国周辺までも支配しようとした一人の女魔導師がおりました。
その魔導師はたいそう美しい女だったのですが残虐で、この周辺の国々では海は荒れ、空には竜巻、山は火を吐き、地面は始終地響きを鳴らして至る所が裂け、沢山の人が死んでしまったそうです。
そしてそれは、ドラゴンマスターであるアトラーナの王が、ドラゴン達を率いて戦いに臨み、女魔導師にうち勝つまで続きました。
だからこの国の人々は悪魔の化身、災いの元などの象徴としてその女魔導師リリサレーンの姿を描き、忌み嫌います。
そしてその魔女の姿が、燃えるような赤い髪、赤い瞳なのです。」
リリサレーン?名前まで似ているなんて。
「でも・・それって理不尽だよ。
リリス様には関係ないじゃん。」
ヨーコの声が潤んでいる。
「ご心配ありがとうございます。でも、私はこのような姿に生まれてしまいました。
生まれる姿は選べません、仕方のないことなのです。
それにヨーコ様が心配なさる必要はございません。
私はこれでも拾って下さった御師様に、大変可愛がって育てていただきました。
御師様は、この髪も色違いの目も、恥ずかしいことではないと仰います。
だから、何を言われても気にしてはならぬ、言いたい者には言わせよ。髪も目も、隠すことなど必要ない、堂々と生きよと。」
本当に、人が考えるほど深くは気にしていないのだろうか?
いつも微笑んで、不思議な人だ。
「ごめんなさい。何か悪いこと言っちゃった。」
てへっとヨーコが笑う。リリスもドアに手を掛けながら笑った。
「いいえ、お気になさらないで下さいませ。」
「じゃあさ、あたしも聞いていい?
食事が運ばれてきたときさ、一番に味見してたでしょ?あれ、何?キアンって何か病気?」
リリスは、にっこり笑って部屋を出る。
そしてドアを閉める間際に振り向いて言った。
「あれは、毒味です。
私のことはどうぞ気になさらないように。
ごゆっくりお休み下さい。」
パタン・・・
階下の食堂兼飲み屋は繁盛しているのか、客室にはまともにざわめきが筒抜けて騒がしい。
毒味・・リリスは体を張ってキアンを守っている。誰に認められる事もなく・・
「何かさ、見かけは可愛い所なのにやだね。」
「まったくさ!全然ハイジじゃないよ!」
ヨーコは何だか嫌な気分で足下を見つめた。
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