第12話 初日は山道
アトラーナは、大陸の内陸部にある小国だ。
周りを三つの大中の国に囲まれ、山と草原に恵まれたドラゴンの住む聖域とされる。
この国の王族は古くからドラゴンとのつながりが強く、地水火風を司るドラゴンを信仰の対象として、多くの神殿を抱えている。
神殿には多くの巡礼者が訪れ、村や町はそれを受け入れることで栄えて国民も王家も豊かに暮らしていた。
この国の王は、ドラゴンマスターなのだ。
遙か昔、アトラーナでは一人の魔女がその強大な魔力を使ってこの国を荒らし、多くの人々が命を失った。
そしてその時、アトラーナ王は精霊王であるドラゴンを集めて力を借りることで、魔女を退治する事に成功して英雄となったのだ。
それからアトラーナ王は代々ドラゴンマスターとなり、ドラゴン達はそのままこの国の守り神になっている。
アトラーナ王は、王であると共にドラゴンさえも御するドラゴンマスターである。
それは力の証であって国民の誇りであり・・
そしてキアンのような王子の重荷でもあった。
ヒュウウ・・
肌寒さの中に時々暖かな風が吹き、サヤサヤと木や草が葉擦れの音を奏でる。
この国にも四季があって、リリスによると今はやはり春らしい。双子世界と言っていただけあって、時間は向こうの世界とほぼ同じだ。
日中は暖かいが、日が沈むと肌寒さを感じる。すごしやすい気候で青々と広がる太陽の下、広大な草原が延々と続く先に見える山々も、鮮やかな緑に覆われ美しく輝いている。
息も切らさずリリスがこの国の事を話してくれるのを聞きながら、一行はどうやら水のドラゴン、シールーンの元を目指しているらしい。
山に向かってひたすら歩き、すでにどのくらい過ぎたのだろうか?
こちらへ来たのは二時前、向こうの世界からの出口は深い森の中だった。
爺も気を利かせて、水のドラゴンに程々近い所へ出してくれたらしいが・・やっぱり遠い。
それからリリスの道案内で、森を抜け、草原を歩き、そして山を目指して歩いている。
吉井が言うところ、この世界も同じように太陽が動いているようだ。今は大体五時近くだろうか?今日はどこまで歩くつもりか、黙々と歩く大男のザレルはまだしも、華奢なリリスは見かけに寄らずタフなのだ。
カランカラン・・
遠くで羊に似た動物たちが草をはんでいる。
その頃にはど根性で歩いていたアイ達も、さすがに疲労の色が濃くなってきた。
「ねえ、どこまで歩くの?無茶疲れたよう!」
「あたしも限界!近いって言ったのにウソ!
大体さ、川へ行くのに何で山を目指してんの?」
「痛い痛い!足痛ーいっ!」
だだっ子のように立ち止まったアイ達に、リリスが目の前にそびえる山を指した。
「ああ、申し訳有りません。あの山の向こうの谷間にある川の上流なんです。
一刻も早く河原様にお会いしたいとの事ですので、今日は山に入ってしまおうかと思って。
やはり無理な計画だったでしょうか?
女性の方に合わせることを忘れておりました。」
げえっ!
山の向こうの谷間の川って、一体どこー?!
リリスは、河原がさらわれたことに責任を感じているのか、王子を説得して水のドラゴンに会った後でラグンベルク邸に向かう事を約束してくれた。
会った後で、と言うのも地理的に見ての判断だ。
リリスは良く旅をするらしく、王子よりもアトラーナの地理に詳しい。
王子より王子らしくて本当に頼りになるが、タフすぎるのが難点だ、付いていけない。
「まさかいきなり野宿ー?やだあ!」
アイ達はぐったりげんなりなのに、リリスとザレルは涼しい顔をしている。
まるで家の庭でも歩いているようだ。
「今日は初日でしょ?
歩くのは覚悟できてたけどさ、あたしら車社会の人間にはチョーきついわ。
悪いけど、今日は山の麓までになんない?」
「俺もきつー、こんな事ならもっと真面目にクラブやっとくんだったぜ。」
「ああ、あたしも足にマメが出来たみたい。
痛いよう。ヨーコ、助けてえ!」
「あたしだって、あんた助ける余裕なんか無いわよ!」
「そんなあー・・」
三人はすでに限界一歩前。
リリスもその様子ににっこり天使のように微笑みを返し、そして王子に訪ねた。
予定の変更に、頭の切り替えが早い人なのだ。
「申し訳有りません、王子。
私の計画に無理がございました。
本日はこの山の麓までにしとうございます。
よろしいでしょうか?」
しかしジャージ姿の王子は・・・
ひいひいはあ!ひいい!はああ!ふう!
何と、アイ達よりばてている。
ぐったり近くの石に座り込み、爺に背負わされた荷物をボンと地面に叩き付けた。
「こ・・こんな・・物・・はあ!はあ!
背負っていられるか!はあはあ!
僕は王子だぞ!くそう!
リリス!お前の荷物は軽そうじゃないか!」
睨まれて、きょとんとしているリリスも一つ、麻の袋を背負っている。
何が入っているのか、アイには重そうに見えるが、王子にとってはみんなの荷物が軽く見えるのだろう。
「リリス!僕の荷物もお前が持て!
大体僕に荷物を持たせようなんて、非常識じゃないか!僕は王子だぞ!」
足をバタバタさせる王子にみんなが呆れる。
「王子王子って、こいつマジで忍耐って言葉がないね。」
「まったくだよ、こんな奴の言うこといちいち聞かなくても・・あ、リリス様?」
「承知いたしました、荷物はリリスがお預かりいたします。
気が利きませんで、申し訳有りませんでした。」
何とリリスは王子の我が侭に怒るわけでもなく、うやうやしく一礼して荷物を拾い上げる。
「なんでー!!」
二人を見比べても、王子よりリリスの方が小柄で痩せている。自分より小さい奴に自分の分まで持たせるなんて!
「ちょっとあんた!みんな自分の荷物は自分で持ってるンよ!あんた王子でしょ?
自分が王子だって威張る前に自分を鍛えなよ!そんなアマちゃんだと、この先あんたの人生お先真っ暗だよ!
大体ねえ、みんなあんたに付き合ってるんだ!
先に立って歩くぐらいしたらどうだい!」
ヨーコがやっぱり我慢できずに怒鳴ってしまった。王子が言い返そうと、ガバッと立ち上がり睨み合う。
「何よう!文句有る?本当のことでしょ!」
「お前なんかに・・」
ポロッ・・
「え?」
王子の目から、ぽろぽろ涙がこぼれる。
「お前なんかに、わかるかよう!
僕はまだ子供なんだぞう!
王子なのに、どうしてこんな旅に・・こんな頼りない従者しか許されないで・・」
ぽろぽろ流れる涙を拭おうともせず、ぐずって泣き出してしまった。
何てガキだ!みんな同じ年なのに!
それにまだ歩き始めたばっかじゃん。
「村へ、泊まるか?」
ザレルがリリスから王子の荷物を受け取った。
「ザレル、すみませんが先に行って宿の手配を頼みます。王子は私がお連れしますので。」
ザレルは無言で頷き、山手に歩き出す。
リリスはハンカチを取りだし、王子の涙を拭くと彼の手を取った。
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