第10話 旅立ち

「双子世界のこちら側の影響じゃ。

こちらの世界の自然破壊が異常に進んでいる。

最低限の我ら四人が残るだけで精一杯じゃ。

他に王と呼べるほど力の強い精霊は皆、双方の世界を保つために命を自然に返して散った。」


爺さんがフッと寂しそうに漏らした。


「何か・・あたし等が悪いみたい・・」


何だかアイ達はばつが悪い。


「ドラゴンは精霊として統べる力を自由に操ることが出来ます。

アトラーナは古くから精霊の国。

我が王はそのドラゴンマスターとなり、多大な権力を他国にも誇示することによって、こちらの世界での覇権争いを避けているのです。

それでアトラーナの王位継承者は十三才になると、ラーナブラッドと言う宝石に、それぞれのドラゴンから忠誠を約束する証の祝福を受ける旅に出るのです。」


ふうん・・何となく、三人が爺に目が行く。


「で?爺さん、ドラゴンと関係あんの?」


「わしはドラゴンの一人じゃ。」


「・・・・・」


しーん・・・

疑いの目。


「何じゃ、その目は?

用務員とは仮の姿、我こそは地を統べるドラゴン、グァシュラムドーンなり!」


「・・・・・・」


思いっ切り疑いの目。

この偉そうに胸を張る、くたびれた爺がドラゴン?精霊だあ?ただの用務員の爺さんがあ?


「じゃあ、何でこっちの世界にいるんだよ!

それが迷惑の大元だろ?」


「わしは地の主、空間使い、どこにいようとまったく関係ない。

この学園の理事とは古い知り合いなのだ。

まあ、何にも囚われん生活も良い物よ。」


「理事長とお?!ンで、こっちで遊んでんだ!

で、誓いってどうすんの?」


「そうだ!僕の宝石を返せ!グァシュラムよ、まずはお前から頼むぞ!」


アイが思わずポケットの中で石を握りしめる。

返した方がいいのだろうけど、こんなバカ王子に返したくない。

ドカドカ四つ足で、間違えてヨーコに迫る王子に、しかし爺は冷たい言葉を言い返した。


「お前さんには悪いが、忠誠など誓えぬな。

王としての自覚が足りぬ。修行不足だ。」


ガーーンッ!!


王子のアゴが、床まで落ちる。

それじゃ話が違うよ!一番楽なところからと、ここへ一番に来たのに!

何しろ、会いさえすれば祝福してもらえると、甘い甘ーい考えだったのだ。


「修行って・・僕はちゃんと勉強も、剣も、王としての修行をしてる!してるのに・・」


思いがけないことを言われ、ショックでダアッと王子の目から涙が溢れる。


「王子よ、お前は人としての勉強が足りぬ。

厳しい自然に洗われて、もう一度来るが良い。

水と火に会って来い。

あの二人が認めたならば、わしも認めよう。」


項垂れる王子が、ぶつぶつと呟く。


「やっぱり、お前のせいだ。リリスが宝石をすぐに取り返さないから!お前のせいだ!」


王子がいきなりリリスに飛びかかった。


「あっ!お許しを!」


「やめろ!」ザレルが王子を遮り、両手を掴んで自由を奪う。

そのあまりに見苦しい姿に、一喝しようと爺が息を吸った、そのとき・・


バッシイッ!!


王子に平手を打ったのは、怒りに震えるヨーコだった。


「この・・バカッ!!あんたのそんな考えが人間として未熟だって、言われなくてもわかんなさいよ!

リリス様に手を上げようとするなんて!

・・こいつぶっちらばったる!」


すでにヨーコの中ではリリス様になっている。燃えるその背中には、リリス様命の文字が見えるようだ。


「わあああ!!この女、僕を叩いたなあ!」

「何回でも叩いてやるわよ!このバカ王子!」

「ヨーコ、ちょっと・・落ち着いて。」


アイも吉井もあまりの迫力にタジタジだ。

彼女は今時四人姉弟の一番上。髪は金髪だが、忙しい親に代わり弟たちのしつけはビシバシやっている。


「んもう!こんなバカ王子に任せられないわ!

あたし河原の迎えに行く!リリス様に付いて行きます!」


「ヨーコ、ンな事言ったって・・」


「分かった、俺も行く!

あいつを無事に連れて帰らないと、俺、あいつの母ちゃんに顔向けできねえ!俺も行く!」


「ちょっと、そんなあ!じゃああたしも行くわよお!河原の上着脱がせたのあたしだもん!河原の迎えに行くわ。」


「冗談じゃない!何故お前達が来るのだ!

これは遊びではない!まして、身分の低いお前達が何故王子の私と・・・!」


ガーガーわめく王子の横で、ふうん、と爺が面白そうな顔でリリスを見る。

戸惑うリリスは無言で爺に諭され、微かに頷いた。


「なるほど、それは良い考えだのう。

リリスに王子のしつけまでは荷が重い。

思うことがはっきり言えるお前達は丁度良いかもな。毒をもって毒を制すじゃ。」


「誰が毒よ!まあいいわ。でも、家はどうする?親に言っても許しちゃくれないっしょ?

これじゃ、プチ家出で済みそうにないし。」


「それはわしに任せよ。お前達、髪の毛を何本か引き抜け。河原とやらはその上着でよい。」


何をするのか爺は髪と上着を受け取ると、土間にぽいっと放り出した。


「土塊よ、仮初めの命を宿し、鏡となれ。」


にゅうっと土が盛り上がって、見る間に人型を取る。やがてそれは、生き生きとしたアイ達四人の姿になった。

げえーっ!何だか気持ち悪い!


「はあー、良く似てるう!」


「これがお前達の留守を守る。安心して旅立つがよい。・・・と、その前に。

王子よ、その悪趣味な服を着替えて、この服に着替えるがよい。それは旅装束ではない。いくらかこれがましだ。」


そう言って爺が差し出すのは、この学校の体操服にジャージ上下だ。


「な、何だと?!どうしてそんな物を・・!

ドラゴンは綺麗な物が好きなんだろう?

それに僕はこれがお気に入りだし、何より王子としての身だしなみがあるのだ。

あっ!わああっ!何をする!無礼者!」


爺が人形達に一瞥すると、王子に一斉に飛びかかる。そして見る間に着替えさせてしまった。


「身だしなみも程々にせい、ドラゴンを見くびるな。我らが見るのはお前の精神世界だ。

まあしかし、わしにはお前達の未来など、とうに見えておるがな。」


「ええっ!」未来が見えている・・・


「それで・・もちろん僕は王座についているのだろう?」


自信なさそうに王子がそうっと聞いた。


「そう、思っているのか?」


ニッと笑う爺の顔が、何だか怖い・・

王子の顔がサアッと真っ青になり、これ以上はとても深く聞く事が出来なかった。


 「では、これで失礼いたします。」


ぶつぶつ呟く王子を連れて、リリスが爺に挨拶すると皆が立ち上がった。出発の準備を済ませて、靴を履いて土間へ降りる。

爺はアイ達に、リリスに迷惑を掛けないようにとリュックに生活必需品を詰め込み、持たせてくれた。


「申し訳ございませんが、こちらに門を開けてよろしいでしょうか?」


「いや、お前は力を温存するがいい。

わしが開けてやろう。」


爺がそう言って、スッと玄関のドアに手を伸ばす。


「とこしえに、まみえる事の無い表裏の世界よ。黒き瞳を開き、輝ける迷いの道を開け。

このグァシュラムドーンの名の下に。」


何の変哲もない木のドアが、まるで自動ドアのように音もなく開く。

しかしその向こうは、外ではなく真っ暗だ。


「ありがとうございました、では・・」


「リリスよ、待て、こちらに来い。」


「あ、はい。ザレル、先に行ってください。

私は後ろを守ります。」


首を傾げながら、リリスが爺の前に出る。

爺はリリスの手を取り、ギュッと握りしめた。


「お前には負担が増えたろうが、リリスよ。

お前もあの子達から学ぶことは沢山あるぞ。

心をもっと解き放て、お前は自由なのだ。」


自由・・私は自由のつもりだ。

リリスにはドラゴンが何を言っているのかよく分からない。しかし彼は、にっこり微笑み頷いた。


「どうぞ、ご心配なく。御師様からいただきましたこの力、自由に使いこなしてこの大役、見事果たして見せます。」


「そうか・・・分かった、行くがよい。」


「はいっ!」


リリスが振り向きもせずに瞳の暗闇へ入ってゆく。爺はそれを見送りながら、寂しそうに呟いた。


「リリスよ、お前が学ぶのは、お前がこれまで捨ててきた事ばかりなのだ。」


スウッと戸が閉まり、門が閉じる。

爺はくるりと部屋に上がると、王子の服を拾い上げ、ゴミ箱にぽいぽい放り込んだ。

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