第9話 王位継承の試練

「王子よ、どうか、ご無礼をお許し下さい。

このたびの事、リリスに全て非がございます。

この責は後に、きっと取らせていただきますゆえ、今はどうかお静まり下さい。

ここは私が話をいたしましょう。」


じっと、王子がリリスを見下ろす。


「ぬう・・いいか、僕は許した訳じゃないぞ!」


悪い気はしないのか、王子がようやく偉そうにドカッと腰を下ろした。

しかしアイには、どうして彼が土下座してまで頭を下げるのか、よく分からない。

本当に無礼を先に言ったのは、何度思い返してもこの自称王子なのだ。


「待ってよ!何でリリス君が謝るわけ?!

わっかんなーいっ!こっちが謝るべきでしょ!」


「ふんっ!わからんのか?僕は王子なのだ!

お前のような下々の者は、本来ひれ伏して当たり前だ!無礼はゆるさん!下がれ!」


どっちが無礼よ!

アイの顔がまた真っ赤に燃える。

しかしリリスが、彼女を優しく制した。


「どうぞ、お静まり下さいませ。」

「で、でも・・」


わ!長いまつげ!男の子なのに負ける!

リリスのアップに、アイがうっとり見とれる。


「失礼致しました、え・・と・・」


「あ、私アイです。そっちはヨーコ。で、これが吉井。」


「おいっ!誰がこれだよ!物じゃねえぞ!」


「お気遣いありがとうございます、アイ様。」


リリスの優しく、優雅な仕草は育ちが悪いように思えない。

少なくともこの王子とやらより、数段教育がしっかりしている。

あの駐車場での立ち回りから見ても、厳しい修行を乗り越えてきた人なんだ。


それに比べて、この王子は超甘えっ子!

自分では何も出来ないのに!チョー最低!


こういうのがさ、いい上司に恵まれなかったらって奴よねえ。

アイはリリスの気持ちを察して、フッと溜息が出た。


 ようやくみんながこの六畳ほどの狭い部屋の中に、リリスを中心として腰を落ち着けた。

リリスは、畳にきちんと正座して、まるでこれから茶でも点てるかのように背をピンと伸ばしている。

リンと美しく、緊張感の走る顔で爺に何やら許しを得ると、アイ達の顔を見ながら自分たちのことを簡潔に話し始めた。


「私たちはもう一つの、そう、こちらの本でたとえますと、この世界はこのページ、そして我らの世界はこのページと、言うなればこの世界と隣合わせの世界から参りました。」


「ふうん、何て所なの?」


「世界自体には名はございません。

が、この日本という国と同じように、我らの国はアトラーナ王国と申します。

このたびはこちらのキアナルーサ王子が十三才と、王の後継者として相応しいかを占う試練の年を迎えられたのです。」


「僕が第一王子なんだぞ、父上のあとを継ぐのは僕だ!僕以外に相応しい者がいるものか!

あのラーナブラッドを持つ限り、僕が次の王だと皆が認めているのだ。」


王子がつばを飛ばしながらリリスに噛みつく。

あの不思議な石はラーナブラッドという、彼らには本当に重要な宝石だったのだ。

しかし自信に満ちた王子に向かって、リリスは涼しい顔でこう言い放った。


「王子、この試練で四人のドラゴンに祝福を受け得なかった方は王にはなれませぬ。

これに前例があるのはご存じのはず。」


これはまたシビアな話し!

王子の顔は、赤くなったり青くなったり。

本当は彼も、厳しい試練であるのは分かっているのだ。つまりこれは、一つの受験みたいな物だろう。

リリスをどんなに怒鳴っても無駄だと分かったのか、今度はがっくり項垂れた。


「だからお前なんかが従者じゃ駄目なんだ。」


「王子、ご安心を。私に何か支障があれば、私はすぐに身を引きましょう。

出立の祝宴で、王と王妃が命賭けよと申されました。

あの時誓った言葉に、嘘偽りなどありましょうか、どうぞご安心下さい。」


ああん!何かステキ!


アイ達は命を賭した主従関係なんて初めてみる。こんなバカでも王子だから仕方ないが、こんな美少年に傅かれるなんて、何だかちょっと羨ましいアイとヨーコだった。


「それで、何故石がお前の手を離れることになったのだ?王子を先にわしに預けたのは何か理由があるのだろう?」


爺が最も聞きたいことに話を誘う。


「はい、実は・・王子の叔父上様、ラグンベルク公がこの石を狙っておいでなのでございます。」


「ふむ、ラグンベルクか。あの田舎領地では飽き足りず、とうとう覇権を狙ってきたか。

・・あれの息子は出来がよいと聞く。

欲が出るのも仕方が無かろう。」


なるほど、どう見てもこの王子は出来が悪い。


「じゃあ、河原はどうなるの?」


「空が真っ暗になって、鳥に乗った変な男がいきなり現れたの。で、さらわれちゃった。」


「ああ・・はい、ラグンベルク公は多くの傭兵を雇っておいでだと聞きます。

河原様は、きっと鳥獣グルクを操るペルセスの兵士にさらわれたのでございましょう。

ペルセス族は色盲の者が多く、多少知能が低いのです。それで間違えたのかもしれません。」


アイがあっと口を押さえた。

みんなが黒っぽい服の中で、河原一人上着を脱いで白いシャツだった。


「ふむ、次元の空間を開けたか。

ラグンベルクの元には、確かグレタガーラがいたな。」


「でも、どうしていきなりここに来るんだ?」


「次元の空間に穴を開けるほどの術者であれば、向こう側から水鏡で我らの様子を見るなど容易いことです。」


「ゲッ!つまり丸見えって事?」


何だかゾッとする。向こうの世界はプライバシーも何もないのか?

神様みたいに覗かれてちゃどうしようもない。

落ち込む三人にリリスが気の毒そうに俯いた。


「私さえしっかりしていれば・・向こうの術者に隙を作ったのは私の責任です。」


「ううん、仕方ないよ。」


しかし話を聞くほどに、三人が溜息をつく。リリスを責めるどころか、気の毒になってきた。

当事者なのにのんびりしている王子と違って、同行する術者は何て忙しいことだろう。

神経をすり減らし、倍疲れるこちらの世界で禁を守って戦い、肝心の宝石をよこしまな考えの女子中学生に奪われたまま、主からは好き放題我が侭言われて、これで倒れないのがおかしいと思う。


「石を、落とされたのだ。」


いきなり今まで無言だったザレルが呟いた。


「落とした?どこに?!誰が持っていたのだ!」


爺が呆れて思わず怒鳴ってしまった。


「・・あの・・モルドに襲われたとき・・

恐らく、休んでいた公園に・・」


リリスらしくないはっきりしない言い方だ。

しかし石を落としたのが誰なのかははっきりしている。

皆が知らんぷりの王子に注目した。


「べ、別にいいじゃないか、一応モルドからは取り戻せたんだし!落としたのは不可抗力だ、仕方がないことなんだ。」


うそぶく王子を見て、なるほど、何故こうもリリスが消耗していたかがはっきりした。


「もう・・・言葉も出ぬわい。」


「ねえねえ、さっきから言ってるドラゴンって?大きな怪獣みたいな奴?」


ヨーコに訪ねられ、リリスが困ったように爺の顔を見る。


「いえ、我らの世界では、精霊の中でも最も力の強い精霊王の事を畏怖と尊敬を示してドラゴンとお呼びしています。

遙か昔には多くのドラゴンがいらっしゃいましたが、今では地水火風を統べる四人のドラゴンがいらっしゃいます。」


「へえ、減っちゃったんだ。」


「はい、それは・・」

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