第8話 リリスと王子様
「河原・・」
「ど、どうしよう・・」
立ちつくす三人だが、立っていても仕方がない。ハッと我に返るやいなや、用務員室へと猛然とダッシュした。
ダダダダダダダダダダダダダ!!!!!
ガラッ!ドタドタ!バンッ!
「はあ、はあ、はあ、ちょっと!!爺さん!!」
「どうすればいいんだよ!!河原が!!」
「リリスって何よ!冗談じゃないわよ!あいつ無事なんでしょうね!」
三人とも、入って来るなり憤怒の形相。
しかし爺は無言で立ち上がると、吉井が持っていたザルに掛けてある上着をバサッとはぎ取り、ザルに手をかけ、中の花をバッと美少年の身体に撒きかけた。
はらはらと、桜の花が舞い降りる。
「祝福せよ。」
爺が似合わない言葉を呟く。
すると、花びらが輝きだし、その輝きはまぶしいほどに部屋を満たして、吸い込まれるように美少年の身体へと溶け込んでいった。
意表をつかれて、相変わらず土間の三人は、口をぽかんと開けて立ちつくしている。
大男ザレルは、心配そうに美少年の顔を覗き込み、自称王子様は大きな欠伸をしてジュースを口に運んだ。
「・・・ん・・う・・」
ゆっくりと、美少年が赤い睫毛を揺らしながら目を開く。
赤とグレーの瞳が周りを見回し、数回瞬きをするとハッと我に返ったのか、大きく目を見開いて飛び起きた。
「王子!グァシュラ・・うっあっ!」
上半身がぐらりと揺れる。
ザレルが慌ててがしっと支えた。
「ようやく正気に戻ったか?
何故こうも無理をした、お前らしくない。」
爺が優しく美少年に尋ねる。
「それは・・・」美少年は俯いてそっと周りを見回し、ようやくアイ達に気が付いた。
「あ!あなたは!何故ここに?まさか・・」
「そうよ!」ヨーコが、待ってましたと膝を付いて上がり込み、美少年に迫った。
「思いっ切り巻き込まれたの!
河原が、誰かと間違われてさらわれたのよ!」
「さらわれた?!誰?誰かとは?」
「え・・と、リリス?リリスって言ったわ!
もう!どうしてくれるのよ!あー!どうしたらいいの?!あいつ生きてるんでしょうね!」
美少年の顔がさっと青ざめる。
アイはこの少年を責める気はないので、キッと爺を睨み付けた。
「ちょっと爺さん!一体何がどうなってるのか聞かせてよ!
何が何やら!どうして河原がさらわれなきゃなんないわけ?」
「そうだ、話聞かせろよ!あいつは、俺達の目の前で化け物にさらわれたんだ。
くそう!俺、何にも出来なかった!くそうっ!」
ブワッと吉井の目に涙が溢れ、声を押し殺して泣き出した。そうだ、あまりのショックで泣くことさえ忘れていた。
「吉井、あれはどうすることも出来ないよー。
ひっくひっく、ううっく・・」
アイが泣いて、ヨーコも涙が溢れる。
三人は、とうとう我慢できずにしくしく泣き出した。
「ああ、うるさい!もう泣くな!わかった!
仕方ない、王子よ訳を話せ。こうなればすでに部外者とも言えまい。」
爺が嫌そうに耳をふさぐ。しかし自称王子は、更に嫌そうな顔で、プイッとそっぽを向いた。
「何で僕が話さなきゃならないんだ!
リリス!お前の修行不足がこの者達を巻き込んだのだ!お前が話せ!」
「えっ!リリスって・・・?」
やたら自称王子が責める美少年が、そっと顔を上げる。
「申し訳有りません、私がリリスと申します。」
「リリス?!リリスって、女の名前じゃ・・」
アイが漏らしてあっと口を押さえる。そうだ、吉井だって名前は遙と書いて、はるかなのだ。
しかし、自称王子は意地悪そうな顔で、皮肉たっぷりに笑った。
「あははは!そうだろう?魔女と同じ名前なんて、呪われた拾い子にはぴったりだ!
こんな真っ赤な髪に色違いの目、気味が悪くて生まれてすぐに捨てられたのさ!
こんな奴がどうして僕の従者なんかに・・」
ムカッ!ムカムカ!何?!こいつ!
「ちょっとあんた!!」
ドカドカドカドカドカッ!
アイがぽんぽん靴を脱ぎ捨て、ドカドカ上がり込んで自称王子に噛みついた。
「ちょっとあんた!あたしゃんな事まで聞いて無いっつうの!
人が傷つく事平気で言う、最低お馬鹿だね!
綺麗な髪じゃん!色違いの目なんて最高!
赤い髪なんてさ、今時金出してわざわざ染める奴、そこらにごろごろしてるわよ!」
「な、な、な、な、ぶ、無礼な・・」
王子は口をぱくぱく、目は白黒言葉が出ない。
「ぶーぶー言ってないで、彼に謝んなさいよ!
どっちが無礼よ、あんた全然口の利き方知らない最低男!そんなんじゃ、友達なんて出来ないよ!」
爺も目を丸くしている。
ヨーコや吉井は、そうだ!とばかりに頷いた。
「くすっ、」
誰かが声を殺して笑っている。
ムッとして振り向いたアイは、拍子抜けしてずっこけた。
「くっくっくっく、くすくすくす・・」
王子に酷いことを言われて、俯いてがっくりと肩を落としているとばかり思っていた、リリス自身が大笑いしていたのだ。
「あのお・・」
「あ、ああ、ごめんなさい。くすくす・・」
どうも、笑いが止まらないらしい。
しかしみんなが呆気にとられる中で、ただ一人面白くない奴が恥を掻かされカチンときた。
「リリス!石は取り戻せない上に、こんな無礼な女を連れてきて、お前なんか首だ!
僕はもっと上級の魔導師を呼ぶ!」
「おやおや、とうとう首になったか。」
爺まで笑っている。
リリスはようやく笑いを止めて、ツッと綺麗に正座すると、王子に向かって床まで頭を下げた。
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