第8話 巣立ちの時
それからリアはしばらく涙が止まらなかった。今まで自分だけが使えなかった魔法。ただ魔法が使えないと言うだけで、皆から無能扱いされていたという事実。一体自分が何をしたんだと思うことは何度もあった。
――だけど、遂に僕も魔法が使えるようになったんだ。まだまだ未熟ではあるけど、それでも……
「リア、これであんたの夢も近づいたね。あんたは芯の強い子だ。きっと良い討魔師になれるさ。さて、これであたしの役目もようやく終わりってとこかねえ……」
しみじみとした様子でアレクサンドラがそう口にする。そして、感慨に耽るようにしばらく黙った後に、リアとソール、2人に向かってアレクサンドラがさらに言葉を続ける。
「さて、リア、ソール。あんたらには重要な話がある。あんたらももう15歳。いつまでも子供じゃない。これからは自分の力で生きていかにゃならん」
「アレクサンドラさん……?」
一段と真面目な様子で語るアレクサンドラの様子に、リアもソールもただ事ではない雰囲気を感じ取っていた。そして、そのあとにアレクサンドラが語った言葉は、リアもソールもうすうすと感じ取っていた、厳しくも愛の篭もった言葉だった。
「あんたらもそろそろ独り立ちせにゃならん。後のことはイーナに頼んである。養成学園の試験まではあと2ヶ月。人生をかけて…… 必ず受かってきなよ。そして、もう孤児院には帰ってこないようにね!」
何となく感じ取っていたが、いざ言葉にされると寂しくはなる。これまでずっと親代わりに僕達を育てくれたアレクサンドラさん。辛いこともあったけど、間違いなくアレクサンドラさんの愛情があったからこそ、ここまで僕は折れずに来られた。
だけど、アレクサンドラさんが言うように、僕達だっていつまでもアレクサンドラさんに甘えているわけにも行かない。せっかく訪れた討魔師になるための千載一遇のチャンスをつかみ取るために、僕はもう決心していた。
ここまで育ててくれたアレクサンドラさんには感謝してもし足りない。だからこそ、彼女にこれ以上心配をかけてはいけない。ちらっとソールの方を見る。ソールも同じことを思っていたのだろう。ソールは力強く僕に頷いてくれた。
だったら、僕が、いや僕達がアレクサンドラさんに伝える言葉はただ一つ。
「ありがとう、アレクサンドラさん。絶対受かって、そして報告に行くよ!」
力強く、そう答えたリアに、アレクサンドラはどこか寂しげな笑みを浮かべ、一人、僕達の元を去り、孤児院へと戻っていったのだ。2人の事をイーナへと託して。
アレクサンドラが去ってすぐのことである。残されたリアとソール、二人に向かって言葉をかけてきたイーナ。
「リア、ソール。アレクサンドラさんに頼まれた以上、私もあなた達を鍛える責任がある。二人とも、もう知ってるかもしれないけど、私は討魔師養成学園で教師になる予定なんだ。だからといって、試験は試験。貴方達だけを特別に通すとかそういうわけにはいかない。最後は、二人の努力次第になる。それは大丈夫だよね?」
今回、討魔師養成学園で教師となるのは零番隊の討魔師達が中心である。イーナも教師陣に名を連ねているのはごく自然のことだ。そして、イーナの言うとおり、試験は試験。やはり試験である以上、実力で受からなければならないと言うことはリアも重々理解していた。
「わかってます! よろしくお願いします!」
「でも、大丈夫なんですか? 教師であるイーナさんが私達を指導しても……」
心配するようにそう口にしたソールだったが、イーナはなにも気にしていない様子で、笑いながら言葉を返す。
「ああ、それは大丈夫大丈夫。どうせ私に合格者を決める権利はないからね! 試験の案内にも書いてあったでしょ? 今回の試験官はミドウさんやシャウン国王、それに大臣達…… 私が何かを言ったところで、まあそう希望は通らないから!」
今回の件は国家をあげた一大プロジェクト。合格者を決める試験管もシャウン国王や、国の上役といった人達となる。ただ、もし仮にそうだったとしても、僕たちを推薦してくれるイーナさんや、それにアレクサンドラさんの顔に泥を塗る訳にはいかない。せっかく貴重な時間を割いてまで、教えてくれるというのに、その気持ちを無下にするわけにはいかない。
僕達は気合いを入れ直し、もう一度イーナさんに向けて力強く頭を下げた。
「イーナさん、ご指導よろしくお願いします!」
………………………………………
討魔師養成学校の試験まで残り2ヶ月。イーナさんによる僕とソールの特訓の日々が始まった。
試験細目は主に3つ。書類審査、学力試験、そして実技試験だ。
まず書類審査。どんなものであるのかは、僕達にもよくわからないが、ひとまずイーナさんの推薦状があれば、ここで落ちると言うことはないだろう。イーナさん曰く、例えば、過去に何か犯罪歴があるとか、討魔師の誰からも推薦がないとか、そういう特別な事情がなければ引っかかることはないらしい。
そして、学力試験。これに関してはそこまで心配はしていない。魔法が使えない僕は、せめて勉強だけはしようと、魔法に関する書籍は読みあさってきた。歴史、魔法史、そこらへんであれば、僕の得意分野だ。
何よりも当面の一番の課題は実技試験だ。ルカさんのお陰で、魔法が使えるようになったとは言え、まだまだ火の玉を生成するので精一杯な現状。これでは、魔法が使えないのと大して変わらない。
1日、1日とどんどん時が流れていく。朝から晩までソールとイーナさんと3人、あとは僕の中にいるルカとも一緒に、魔法の修行を続ける日々。流石にイーナさんもずっと僕達に付き合ってくれるというわけにも行かず、用事で抜けるときも多々あった。それでも、時間が空いたときには必ず僕達の面倒を見てくれた。
ここまでイーナさんが教えてくれるんだから、僕達も期待に裏切るわけにはいかない。その気持ちで僕とソールは必死に努力を続けた。そして……
………………………………………
「リア! 届いてたよ! 私とリアの分!」
ソールが持ってきたのは試験の案内の封書。試験会場や日程についての詳細が書かれた紙だ。これが来たと言う事は、つまり書類審査を通過したと言う事の証明ともなる。
僕にとっては、それだけでも嬉しかった。討魔師になるためのスタートラインにようやく立てたのだ。
だけど、ここまで来たら、もう少しだけ欲張っても良いだろう。
確実に夢に手が届くところまではきている。そう僕は思っていたのだ。
試験当日までは。
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