第7話 はじめてのまほう


「……ア」


「リア!」


 誰かが僕の名前を呼んでいる。聞き覚えのある声。いつもよく耳にしていた声。そう、僕にとってのかけがえのない存在、その声の主は……


「ソール!」


 ソールの名を叫びながら飛び起きたリア。目の前には、先ほどまでいたイーナの部屋が広がっている。そして、少しずつリアは自らの状況を思い出していく。


 そうだ、確か、ルカさんと一緒になるって…… 憑依されて……


 リアは慌てて周りを見渡す。心配そうにリアを見つめるソールと、そして、イーナ…… アレクサンドラ。そこにもうルカの姿はない。

 

 どうなってるんだ…… 果たして、成功したのか……? 状況を未だ完全には読み込めていないリア。すると、リアの頭の中にルカの明るい声が聞こえてきた。


――リア、無事に成功したみたいだよ!


――ルカさん!? 成功したの?


――うん、上手くリアの中には入れたみたい。それに……


 リアは、自分の身体を確認する。そう、確かにあのとき、イーナは言っていた。身体に影響が出るだろうと。だが、自らの手を見ても、足を見ても、以前と何も変わったような様子はない。


「驚いたよリア。憑依されてなお、身体に影響がないだなんて……」


 驚いた様子でイーナが声を漏らす。そしてアレクサンドラも、何一つ変わった様子のないリアを見つめたまま、ただただ驚きの表情を浮かべていた。


「まさか、ここまで上手く憑依が出来るだなんて…… あんた本当に特別な存在なのかもねえ……」


「リア、本当に無事でよかった! ルカさんの憑依も成功したんだよね……?」


 あまり変わった気はしないが、ルカさんも成功したと言っているし、きっと成功はしているのだろう。ソールの問いかけに、自信なさげに首を振るリア。まだ不安も残ったままのリアに、イーナが笑顔を向ける。


「多分大丈夫だと思うよ。それに、もう魔法も使えるようになったはず…… リア、魔力は感じない?」


 生まれてこのかた魔法なんて使ったことがないリア。魔力と言われても、いまいちよくわからないし、魔法の使い方なんてソールや他の人達が使っているのを見たことしかない。


 いまいちピンと来ずに、とまどったままのリアに、イーナはさらに言葉を続ける。


「じゃあさ! せっかくだからやってみようか。魔法の練習! ついてきてよ! ソールも一緒に! 私が直接教えるよ!」


 初めて魔法が使えるかも知れないという喜び、そして本当に僕が魔法を使うことが出来るのだろうかという不安。いろんな感情が入り乱れるままのリア。出かける準備をするイーナのすぐそばで、ずっとそわそわして、興奮を隠しきれない様子だったのはリアよりもむしろ、ソールの方だった。


「どうしたのソール? そんなにそわそわして……?」


「だって、イーナさんに魔法の指導をしてもらえるんだよ! こんな貴重な機会、滅多にないよ! どうしよう…… 上手く出来なかったら……」


 自分で聞いておいてなんだが、あまりにも愚問ぐもんだったと言う事をすぐにリアは理解した。僕がミドウさんに憧れているのと同じように、ソールはイーナに憧れているからだ。ミドウと違ってあまり表に出ることは少なかったイーナであったが、それでもソールはイーナが事件を解決したという記事を、穴が開くほど見たり、イーナに憧れて出来もしないのに炎の魔法を練習したりと……


 なんでも、強い女性と言うところ、そして何よりも格好いい炎魔法を使いこなすという所がソールにとってツボだったらしい。


 まあミドウに憧れている僕がどうこう言えた話ではない。僕もソールも似たもの同士というわけだ。


「ここら辺で良いかな! 魔法を使う前に、ちょっとだけ基本的な話をしようか。ソールは…… 魔法は得意だったもんね?」


「はい! 私もイーナさんに憧れて一杯練習しましたから! ただ、私の属性は水…… イーナさんとは違って、炎の魔法が使えなくて……」


 僕だって、魔法こそ使えなかったけど、魔法についての勉強は事欠かさなかった。


 まず、魔法には属性というものがある。


 例えば、イーナさんや、それにルカさんが使っていた炎の魔法。それに、ソールが使う水魔法。炎や水、雷や風、そう言ったものは基本属性きほんぞくせいと呼ばれ、多くの人間がいずれかの基本属性の魔法を使いこなす。


 そして魔法の属性には相互作用したりと相性がある。単純なところで言えば、炎は水に相性が悪い。燃えさかる豪炎も、水の前では無力になるのは想像するのも難くはないだろう。他にも、例えば、風の魔法は炎の魔法と相互作用して強力なものにしたり、水魔法で水を発生させることで、水を利用した氷魔法を強力なものにしたりと、まあいろいろな相性があるのだ。


 そして、魔法は基本属性だけではない。中には、特殊な形態の魔法を使う魔法使いもいる。例えば、アレクサンドラの治癒魔法。こういった者は基本属性のどれにも該当しない。そこらへんについては、まだ魔法の研究も追いついていないようで、詳しくわかっていないらしい。便利である事は間違いないし、詳しい研究については、その道の者に任せておけばよいだろう。僕だってそこまで詳しく研究しようとは思わない。


 そして、肝心の魔法を使う方法。


 空気中には目には見えないマナと呼ばれる物質があるらしい。そのマナを魔力に変換して、魔法を発動する。ちょっとの魔法であれば、そのまま発動も出来るが、いわゆる大技級の魔法ともなれば、普段の人間では到底扱いきれない魔力量であり、マナを魔力に還元するために必要な儀式が『術式詠唱じゅつしきえいしょう』というものだ。以前ルカさんが堕魔と戦ったとき、唱えていた『炎の術式』という言葉。あれがまさに、その術式である。


 と、そこまでは魔法を使えなかった僕でもわかっていた。だが、いくら理論ばかり知っていても、どうにもならないのが魔法。どうしても感覚というものが必要となってくる。


「よく勉強しているね、リア。まず君に練習してもらいたいのは炎の魔法。見たことは…… あるんだもんね!」


 だれかに褒められると言うことにあまり慣れていなかったリア。イーナからの言葉に、思わずにやついてしまったリアに、少し拗ねるような仕草を見せるソール。今までソールのこんな子供みたいな面を見たことがなかったリアは、そんなソールの様子が少し可笑しくてたまらなかった。


「まあ、理論は大丈夫そうだし、実践と行こうか。人差し指を伸ばして、前に出してみて!」


 イーナに言われるがままに、リアは指を伸ばし自らの身体の前へと出す。連れてソールも同じように指を伸ばす。


「指の先に小さな炎の玉をイメージするんだ。熱い、熱い炎の弾。エネルギーを留めるように…… あ、ソールの場合は水の玉だよ!」


 そういえば、この練習、以前アレクサンドラからも同じように習っていた。その時簡単に水の玉を作ったソールに対して、リアの場合、いくら念を込めても何も生成されなかったのである。周りの皆が続々と魔法の練習を修了していく中、唯一成し遂げることが出来ずに、皆に馬鹿にされた過去が蘇ってくる。


――リア、そんな基本的な魔法も出来ないの?


――今時魔法が使えない子なんていたんだ!


 あの日の皆の声がリアの頭の中に蘇ってくる。集中しようと思っても、そんな雑念が頭を支配していく。いくら指先に力を込めても、人差し指が震えるばかりで、魔法が発動する気配は全くない。やっぱり…… そううまい話は……


――大丈夫、集中して。指先が熱くなるイメージだよ!


 ルカの声が響き渡る。そうだ、今の僕にはルカさんがいる。もうあのときの僕じゃない。フラッシュバックしてきた雑念を取り払い、リアは再び自らの指先に集中した。


――いけてるよ! もう少し!


 だんだんと指先が熱くなって気がする。周りから空気が指先に吸い込まれるような、そんな感覚がリアの指先に走る。


――もう少し!


 熱い、熱い、熱い! 必死でその言葉だけを繰り返す。もうリアは目を瞑って、全真剣を指先に集中させていた。


――リア、目を開けてみて!


 突如として、そう言ってきたルカ。その声に従って僕は、おそるおそる目を開ける。だんだんと広がっていく視界、目の前には、笑顔のイーナ、そして、ソール。ずっと力を込めていた僕の指先には、小さな炎の玉……


 炎の玉!?


「できたね! リア!」


「すごい、すごいよリア! あなた、本当に魔法が使えるように……」


 皆が驚いたように、そして笑顔を浮かべ、僕の方を見ている。確かに僕の指先には小さくはあるが、炎の玉がぱちぱちと小さな音を立てながら渦巻いていた。未だ実感は湧いていない。だが、確かに、僕の目の前には小さな炎の玉が出来ているのだ。


「……まさか、本当に?」


「それが君の力だよ、リア」


 だんだんと実感が湧いてくる。ああ、魔法を使えるってこんなに気持ちの良いことなのか。思わずリアの目から一筋の滴が垂れた。


「リア、魔法を使うって、気持ちいいよね!」


 満面の笑みでそう言葉をかけてくれたイーナに向かって、リアは溢れる涙を抑えることが出来ず、ただただ頷くことしか出来なかった。

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