第3話 ヒーローの芽吹き
「君! 危ないから下がりなさい!」
「おい、ソールを離せ!」
人混みを抜け、討魔師の制止をも振り払い、1人犯人の前へと躍り出たリア。震える足のまま、それでもなお、リアは堂々と前へと立ち、犯人へと向かって叫ぶ。先ほどまでうなだれていた少女も、目の前に突如として現れた幼なじみの姿に、驚きを隠せない様子で声を上げる。
「リア!」
「ああ? なんだてめえは? てめえになんぞ用はねえんだ! 早くミドウを連れてこい!」
つい勢いのまま、出てきてしまったが、この先のことなんて全く考えてはいなかった。考える余裕もなく、身体が先に動いてしまったのだから仕方が無い。ただ、いまは、怖いなんて考えている余裕はリアの頭にはなかった。何とかしてソールを救いたい。その気持ちだけがリアを突き動かしていたのだ。
「その子を離せ、僕が相手だ!」
「リア、危ないから下がって!」
「君、下がりなさい!」
皆の叫び声はもうすでに、リアの耳には届いていなかった。リアの全神経は目の前の堕魔、犯人に全てが注がれていた。魔法の使えない自分が、どうやったら捕らわれたソールを助けられるか。
――これだけ周りに、討魔師がいるならば、ソールさえ離せればすぐに決着はつくはず。だったら……
犯人に向かって一気に突っ込んでいくリア。無謀とも言える突撃に、ソールを捕らえていた犯人は、自らに突っ込んできた少年へと矛先を向ける。
「そんなに死にたいんならまずはお前からだ!」
リアに目掛けて発せられた無数の氷の塊。それでもひるむことなく、腕を盾に真っ直ぐに突っ込んでいくリア。腕の一部に氷が突き刺さり、鋭い痛みが走る。だが、止まるわけにはいかない。ソールが、ソールが待っているんだ。
それに僕だって、魔法が使えないなりに、ここまで討魔師になるべく、出来ることはしてきたつもりだ。討魔師や堕魔というのは、強力な魔法を使う一方で、近接戦闘についてはそこまで鍛えていない場合も多い。要は、戦いが『魔力頼み』になるのだ。それは、今まで数多の討魔師と堕魔の戦いを見てきたリアが、実際に見て学んだことでもあったのだ。
そして、リアの予想通り、ソールを人質に取っている堕魔も例外ではなかった。一気に距離を詰めるリア。
「なんだこいつ……!? はや……」
気が付けば、既にリアは堕魔の目前へと到達していた。もう腕は痛みで痺れて感覚は無い。このまま殴るのは無理そうだ。だったら……!
走って行った勢いのまま、堕魔に向かって全身で突っ込む。俗に言うただの体当たり。だが、魔法が使えない分、肉体の鍛錬を誰よりもこなしていたリアの体当たりは、大の大人相手であってもバランスをくずさせるのには十分すぎるほどの威力だった。
「ぐはあ!」
「きゃあ!」
衝撃で思わずソールを手放した犯人。リアの勢いに圧された犯人は、そのままリア共々地面へと崩れ落ちる。
――早く、早く立たないと……!
すぐに体勢を立て直そうとしたリア。だが、魔法をもろに食らった両腕はもう使い物にはならなさそうだ。両腕に激痛が走り、そのまま立てなかったリアに対し、体勢を立て直した堕魔が怒りを露わにしながら襲い掛かる。堕魔の手には氷の魔法で生成された鋭い刀。
「てめえ、ガキのくせに! まずはお前からだ!」
「リア!」
自らへと振り下ろされる氷の剣。もう動くことはできない。そうか、僕は死ぬんだ。そう悟ったリアは、思わず目を瞑る。
「炎の術式
直後、まだ若い女の声がリアの耳へと届く。聞き覚えのない声。ソールでもアレクサンドラでもない、その声にリアはおそるおそる閉じていた目を開く。リアの目の前には細い女の足。まだリア達とはそんなに変わらないであろう歳の少女が、リアの前に立ちはだかり、堕魔の攻撃からリアを守ってくれたのだ。
「危なかったね! もう大丈夫だよ!」
「ああん? また次から次へとガキが……!?」
………………………………………
「大丈夫かいソール!」
堕魔から解放されたソールの元に駆け寄ったアレクサンドラ。特に外傷も無いソールの様子に一先ずは一安心するアレクサンドラ。だが、ソールの両足は震えており、全く立てないような様子であった。
「もう大丈夫、怖かったね」
震えるソールを優しく抱きしめるアレクサンドラ。安心したのか、我を取り戻したソールは、必死の形相でアレクサンドラに訴えかける。
「アレクサンドラさん、リアが!」
「大丈夫さ、あの子が来てくれたからね!」
「あの子……?」
そのまま、堕魔のいる方向へと視線を変えたソール。ソールの目に映ったのは、地面に崩れ落ちて動けないリアと、そして、その前に立ちはだかったまだ幼い少女。
炎が立ち上がった剣を片手に、リアの前へと立ちはだかった少女は、見た目こそリアやソールと変わらないくらいの年齢であるものの、その力の差は歴然であった。もちろん、犯人である堕魔とも。
………………………………………
――一体、一体何が……
「少年、かっこよかったよ! ここからは私に任せてね!」
地面に横たわったまま、状況を理解しようと、顔を上げたリア。そんなリアに向かって振り向いた少女は、無邪気な様子でそう口にした。未だに状況はよくわからないが、ひとまず助かったと言うことは間違いなさそうだ。
「おい、君大丈夫か!」
動けなくなったリアに近づいてくる討魔師達。そんな討魔師達に、少女はリアの手当てを託す。
「その少年のこと、頼んだよ!」
余裕そうに話す少女の様子が気に入らなかったのだろうか、堕魔は一掃不機嫌そうな様子で、目の前に現れた少女へと言葉を放つ。
「なんだてめえは? さっきの魔法…… ただ者じゃなさそうだなあ!」
堕魔の声に、先ほどまでリアと接していたときとは打って変わって、真剣な表情へと変わった少女。燃えさかる剣を構えながら、少女は冷静に目の前の堕魔に向けて自らの名を名乗った。
「
これが魔法の使えない僕リアと、妖狐の少女ルカとのはじめての出会いだった。そして、間違いなくこの出会いが、僕の運命を変えた瞬間だった。
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